表向きは「1500万円のローン返済のため、セコい詐欺で起訴された56歳」というよくある裁判だった。しかし、傍聴していたライターの北尾トロ氏は「この公判から、詐欺に加担してでも家族との平穏な暮らしを守ろうとした被告人の気持ちが伝わってきた。同時に、そうした心の機微を理解しようとしない裁判官も印象的だった」と言う。あと4年で定年の営業マンが“通帳横流し”の罪を犯した切なすぎる事情とは――。

1500万円返済のため詐欺の片棒を担いだ男が守る「最後の一線」

10月上旬、ぶらりと行った東京地方裁判所。午前11時から開廷する初公判を探すと「覚せい剤」、「暴力行為」、そして「詐欺、犯罪による収益の移転防止に関する法律違反」の3件が順にヒットした。

見慣れない罪状が気になり3番目にヒットした法廷へ向かうと、弁護人と一緒に被告人がすでにいた。保釈中ということだ。痩せて顔色が悪いのはもともとなのか、それとも起こした事件の心労のせいなのか。

「詐欺、犯罪による収益の移転防止に関する法律違反」とは、詐欺+犯罪による収益の移転防止に関する法律違反、の2つの罪に問われているという意味。後者の罪は聞き慣れない人もいると思うが、以下のような犯罪である。

[犯罪による収益の移転防止に関する法律違反]
犯罪による収益が、組織犯罪を助長し、健全な経済活動に重大な悪影響を与えることから、そうした収益の移転を防止するための措置を講じることを定めた法律。金融機関・不動産業者・貴金属商・弁護士などの特定事業者に対して、顧客等の本人確認、取引記録等の保存、疑わしい取引の届け出などを義務付けている。平成20年(2008)施行。(デジタル大辞泉)

定年まであと4年の56歳営業マンが犯した罪とは

勤務先から大金を横領でもしでかしたのかと思ったら、銀行で通帳とキャッシュカードを作っただけだった。それのどこが犯罪かといえば……被告人の発言を元に、順を追って説明しよう。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/antpkr)

被告人は営業職のビジネスマン。定年まで4年に迫った56歳の大ベテランだが、マイホームのローンと子供の教育ローンを抱えて経済的に楽ではない。まだ1500万円も残金があるが、退職金でローン返済を終わらせ、老後に備える人生設計を立てていた。

しかし、ダブルのローン返済はきついのだろう。贅沢せずに支払いを続けてきたが、子どもの学費を払ったタイミングで支払いするだけの蓄えが底を突き、携帯電話料金の口座引落ができないなど経済状態が逼迫する。被告人が言うには、それとタイミングを合わせるように、複数の知らない業者からケータイにメールがきたのだそうだ。

「無担保で200万円まで融資が受けられる、というものです。正直、怪しいと思いましたが、生活費が足りない状態でしたので飛びついてしまいました」

公判では触れられなかったが、一般的なカードローンはすでに限度額まで借りていたのだと思う。金欠で焦っていた被告人がA社に60万円の融資を申し込むと、新規で携帯電話の契約をして電話機を送れば貸すという条件が出された。とにかく現金がほしい被告人は申し込みに行ったが、支払いの滞納があったため新規契約ができない。と、新たなる条件が提示された。

「私(被告人)名義の銀行の通帳とキャッシュカードを3行分、上野にある業者の私書箱まで送れば、融資する60万円を3行に分けて入金し、通帳などは送り返すという話でした」