とりあえず、何か1冊読んでおくか。そう考える人が多いのだろう。オバマ大統領を取り扱った本がブームである。書店の特設コーナーからまとめ買いして読んでみたところ、関連本はおおむね3つのタイプに分けられた。1つは、選挙時や大統領就任時の演説内容に焦点をあてたもので、一番売れ行きがいい。次に、自伝、あるいは評伝。そして第3のタイプは「浮かれてる場合か! アメリカのこれからをちゃんと考えよう」といったテーマの評論である。

どれか1冊を書評に取り上げようと思ったのだが、今一歩食指が動かなかった。評論系は、名のある論者がもっともな説を展開しているが、どれもいくぶん慌てて書いた印象が否めない。伝記物は好みだが、いかんせんオバマ氏自身が若すぎ、まだ物語の途中という感じだ。スピーチ本は、私の専門に近すぎて逆に書きにくい。そこでちょっとヒネって堅めの本を紹介したい。

ハーバート・サイモン賞(アメリカ政治学会)を受賞した本書は、行政における「政治化」の問題を真っ向から取り上げる。ここで言う政治化とは、大統領が行政機構の主要ポストに自分が任命した人物をつけ、政治的影響力を行使する度合いと考えていいだろう。ビジネスパーソンが人の上に立つ場合でも、もし選べるなら自分の息のかかった、好意的なメンバーで固めたいと考えるのが普通だ。ましてアメリカ大統領である。議会を牽制しながら官僚機構を効率的に動かすには、重要な地位に自分のシンパを指名することが不可欠と言える。ただ、それにしてもスケールが大きい。大統領が自らの裁量で任用できるポストは3000を超えるという。

アメリカの政治任用に関して、学界やメディアは、おおむね以下のような主張をする。(1)政治任用は進んでいる。(2)政治化を進めるのは主に共和党の保守的な大統領である。(3)政治化は官僚組織の能力を損なう。本書は歴代政権やそれぞれの行政官庁について分析を行い、こうした定説を緻密に検証している。

2005年にメキシコ湾沿岸部をハリケーン・カトリーナが襲ったとき、連邦危機管理庁(FEMA)の対応のまずさで被害が拡大したと国民の非難が集中した。これについても当時の状況を事細かに分析し、FEMAにおける政治任用者の多さとミスマッチが機能の弱体化要因の一つだったと結論付けている。

<strong>『大統領任命の政治学』 デイヴィッド・ルイス著</strong><br>
稲継裕昭監訳 浅尾久美子訳 ミネルヴァ書房 本体価格4500円+税

とはいえ、政治と行政に完全な線引きをすることは、現代社会においては夢物語に近い。政治化は官僚をコントロールするために不可欠な手段だ。政治化の度合いが低いと、大統領への忠誠心や応答性の低い官僚機構が幅を利かせる。ただ、政治任用を進めすぎれば専門性の低い素人行政となり、職業公務員の意欲は下がって、質も低下するだろう。このトレードオフをどう考えたらいいのか。

筆者は、政治化が向く機関とそうでない機関があること、パトロネージ(支援者)への報酬という側面を軽視できないこと、など多方面に目配せしながらも、全体としては政治任用者増加による行政の専門性の低下に警鐘を鳴らしている。その点、昨今バッシングを受けることが多い日本の官僚の方々には歓迎すべきもので、巷のオバマ・ブームをよそに、霞が関ではルイス・ブームが起きるかもしれない。本書の訳者が人事院の現役課長補佐であるというのも何やら示唆的ではある。