ゲームソフト4本(1万6420円相当)を万引きした23歳の男の裁判。10年ほど前の平凡で退屈な事件だが、裁判所に通い続けるライターの北尾トロ氏は「いまでも裁判の光景が忘れられない」と話す。その理由は若手弁護人の情熱的な弁論だという。どんなやりとりだったのか――。

退屈な法廷の空気を一変させた弁護士の「弁論」

たくさんの裁判を傍聴すれば、被告人だけではなく、弁護人も数多く見ることになる。裁判では検察は原告、弁護人は被告の代理人。両者の違いは、弁護人のそばには被告人がいることだ。そのため、ときとして被告人と弁護人は共に戦うチームメイトのような一体感をかもしだす場合がある。

これ、事件の大小とは関係がない。映画やドラマのように、有能な弁護人の奮闘によって無罪判決が下される場面に遭遇することは稀だし、そういう事件には実績のあるベテラン弁護人がつくものだ。彼らベテランの弁論は練りに練られたスキのないもので聞きごたえ十分。いかにもプロの仕事人という感じで、うまくハマったときは裁判員や傍聴人の心を動かし、法廷全体が揺れるような感動を巻き起こす力を持っている。

もっとも、前述のようにほとんどは、被告人が有罪を認めるか、無理のある否認をするかである。そのため、検察の冒頭陳述から弁護人の最終弁論まで、淡々と流れて判決に至る。弁護人にできることと言えば、執行猶予に持ち込むか、刑期を少しでも短くするかくらいだ。

全財産2万円をスロットなどに費やし万引きした23歳

しかし、そういう平凡な裁判の中にも、ときにはグッとくる裁判がある。いまでも忘れられないのは、10年近く前に見たこんな裁判だ。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/Instants)

窃盗などの前歴3件を持つ23歳の男が起こした万引事件だった。4年前に家出をし、マンガ喫茶で寝泊まりした後、建設現場で働いていた被告人は、事件当日、全財産の2万円を持って都心に向かった。所持金で服を買い、スロットで溶かし、気づけば財布の中にはたった2円しか残っていない。これでは電車にも乗れないので、万引きでピンチをしのごうと、秋葉原でゲームソフト4本(1万6420円相当)の防犯タグを外し、手提げ袋に入れて店外へ持ち出そうとしたところを、不審に思った警備員に見とがめられ、御用となった。

小さな事件である。罪も認め、有罪は確実。争点もないので、裁判長は「即決裁判手続で行います」と早々に宣言を出した。初公判で一気に判決まで行くという意味だ。すでに結論は出ていて、判決文まで仕上がっているのである。裁判長、検察、弁護人にとってはルーティンワークの極み。力の入れようがない。見せ場もなさそうなので、傍聴人もあらかた出ていってしまった。

しかし、おそらく30代前半の若い弁護人だけは張り切っていた。

「○○君(被告人)は家出してから家族と会ったことはあるのですか」
「ありました。弟とケンカして親父になじられて出たのですが、おばあちゃんには会いに行ったことがあります」
「おばあちゃんに、今回の事件のことは知らせた?」
「知らせていません。心配かけるし、高齢だから証人に呼ぶのもかわいそうだから」