性差別に悩んでいるのは、女性だけではない。健康社会学者の河合薫さんは、保護者から「ロリコン」と呼ばれて退職を余儀なくされた男性保育士の話を聞き、「無意識の性差別に苦しめられている男性は少なくない。女性を抑圧する男社会は、男性の生きづらさも助長する」と分析する――。

※本稿は、河合薫『面倒くさい女たち』(中公新書ラクレ)の第3章「なぜ、女はセクハラにノー!と言えないのか?」を再編集したものです。

念願の保育士になるも2年で退職

「いちばん堪えたのはロリコン呼ばわりされたことです。“保育園落ちた日本死ね”以来、子どもを預ける側の問題や、保育士の賃金問題はクローズアップされたけど、僕たちには声を出す自由すら与えられていないんです」

こう告白するのは、ある男性保育士です。彼がしきりに訴えたのは、男性保育士への「保護者のまなざし」でした。

河合薫『面倒くさい女たち』(中公新書ラクレ)

サカイさん(仮名/35歳)は子どもが好きで、親戚が保育園を経営していたこともあり保育士を目指しました。念願の保育士になるも2年で退職し、現在は一般企業に勤務しています。

「保育園が女性の職場だってことは承知していたけど、更衣室やロッカーに男性用がないのは、ホントに困りました。でも、慣れればなんとかなったし、子どもたちがなついてくれたので、仕事は楽しかったです。ところが半年ほど経ったときに保護者から『おむつ交換の場に私がいるのが嫌だ』とクレームがあった。そういうクレームがあるとは聞いていたし、『プールに一緒に入れたくない』と言われて辞めた人もいるという話も聞いていたので、『来たか』って感じでした。でもね、やっぱり実際に言われるとショックで。私はそんなに危険人物だと思われているのかなぁって。保育士という仕事にも疑問を持つようになっていました」

「小学校教師ならば言われないのに」

「そんなとき、ヘビー級のパンチをくらう事件が起きた。保護者たちの間で、私がロリコンだとウワサになってると園長に言われたんです。いや~、あれは堪えましたね。小学校の教師が男性でも何も言われないのに、なぜ、保育士だとロリコンと言われてしまうのか。そんな風にしか見られていないのかと思うと、悔しくて悔しくて……。それで踏ん切りがついて辞めたんです。ただ、辞めた自分が言うのもなんですけど、男性保育士はいろいろな意味で貴重な存在です。もっと増えたほうがいい。ただし、保護者の偏見はきついので、それに耐えるほどの情熱を捧げる男性がどれだけいるのか? というと正直、疑問です」

保護者の理解――。これこそがジェンダー・ブラインド。無意識の性差別です。男性保育士に関する文献や調査は極めて少ないのですが、限られた情報の中には、子どもへの性被害を懸念するだけではなく、女性の保育士と食事をしただけで「子どもの教育に悪い」、母親の相談にのっただけで「○○さんとあやしい」など、保護者のまなざしの露骨さが暴露されています。