チュニジア政変に続き、アラブの大国エジプトが大混乱に陥っている。

1月25日にムバラク大統領の退陣を求める反政府デモが始まって以来、同大統領は内閣総辞職、スレイマン副大統領の任命、経済改革の約束や次期大統領選挙への不出馬宣言など、矢継ぎ早に反政府勢力への融和政策を打ち出してきた。

スレイマン副大統領は、事実上の最大野党であるイスラム原理主義組織ムスリム同胞団を含めた野党勢力に対話を呼びかけるなど、事態打開に向けた調整を進めているが、今のところ混乱は収まる様子を見せていない。

今回のエジプト騒乱に対して、米国は民主化要求を掲げる反政府勢力と一定の距離を保ち、スレイマン副大統領が中心となる政府主導の改革プロセスを支持している。日本のメディアでは、「オバマ政権がムバラク大統領に引導を渡し、民主化を支援しようとしている」といった論調が目立つが、事はそう単純ではない。

実際、ムバラク体制の完全崩壊は、米国の中東政策にとっては悪夢でしかない。米国は毎年15億ドル(1225億円)もの援助をエジプトに行っている。この莫大な援助と引き換えに、エジプトはイスラエルとの和平や米主導の中東和平への支持、それにイランの中東地域や北アフリカへの拡大を防ぐ防波堤の役割を果たしてきた。

とりわけ、30年続くイスラエルとの和平は現在のイスラエル・アラブ関係の根幹を成す重要な条約だ。イスラエルの軍事戦略は、エジプトとの戦争はもはやない、ということを前提にしている。

エジプト野党のムスリム同胞団は、「米国の援助もいらなければ、イスラエルとの和平も尊重しない」と宣言している。もしイスラエル・エジプト和平が破棄されれば、イスラエルの安全保障環境は激変する。これまでエジプト治安機関が抑えてきたイランからガザ地区への武器の流入に歯止めが利かなくなるだけでなく、最悪の場合、エジプトとイスラエルの戦争という事態も考えられる。

圧政政権だろうと何だろうとムバラク政権が、現在の中東秩序の根幹をなす仕組みを支えてきたことは間違いない。その政権の崩壊は、エジプト国内にとどまらず、中東全体のパワー・バランスに影響を与え、地域全体を危険なまでに不安定化させる可能性を秘めているのだ。

※すべて雑誌掲載当時