行動経済学の権威であるシカゴ大学のリチャード・セイラー教授が2017年のノーベル経済学賞を受賞した。「人を幸福にする経済学」である行動経済学から、厳しい競争社会における賢い生き方が見えてくる。

人は「得した喜び」より「損したショック」を大きく感じる

自販機に100円を入れたのに、故障して商品が出てこなかったとき。誰かが取り忘れた100円のお釣りを見つけたとき。どちらも同じ金額なので、それに対する反応も等しくなるのが合理的なはずだが、現実は異なる。ほとんどの人は、得した喜びよりも損したショックを大きく感じるのだ。このような人の非合理性を従来の経済学は説明できなかった。

シカゴ大学のリチャード・セイラー教授(時事通信フォト=写真)

そこで登場した行動経済学は人のありのままの経済行動に着目する。研究が進むにつれ、人の意思決定に作用する2つの異なる仕組みが明らかになった。1つ目は本能や、感情に従って判断する仕組み。もう1つが複雑な計算が必要なときや、選択に迷ったときに作動する仕組みだ。多くの場合、本能や感情こそが、非合理的判断を生み出している。

「人の経済行動は感情や本能を抜きには語れない。その考えは経済学における原点回帰でもあります」

そう語るのは日本における行動経済学の第一人者、友野典男教授だ。

「アダム・スミスやケインズなどの古典にも、行動経済学的な分析が見出せる。経済を数式モデル化する試みにおいて、合理的ではない人の行動は切り捨てられてしまったのです」

行動経済学の見地から幸せな生き方と、そのためにどのような選択を行うべきかを探ろう。

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同じ金額であっても、損したショックのほうが得した喜びより大きく感じることを「損失回避性」と呼ぶが、損は得の2~2.5倍も強いことがわかっている。

冒頭の自販機の例であれば、100円を損したときと、誰かが取り忘れたお釣りが250円だったときに、初めて釣り合いが取れるということだ。

このように、人が損失を回避したいと強く思うのは、進化的な理由があるといわれている。現在よりもっと食料の確保が難しかった時代を考えてみよう。自分で消費する以上の食料を確保したとしても、保存するすべがない時代ではただ腐らせてしまうだけ、あるいは他人に奪われるかもしれない。つまり、ひとたび必要なぶんを確保してしまえば、さらに増えることでのメリットは少ない。逆に、確保している必要な食料が何らかの要因でなくなるとどうだろう。途端に命の危機に陥ることになる。