経営者が友人を紹介するプレジデント誌の名物連載「人間邂逅」。ここでネスレ日本の高岡浩三社長と映画監督の岩井俊二氏の対談が行われた。2人の出会いは商品のコンセプトを表現する「短編映画」の制作。取り上げる商品は「キットカット」だったが、その卓越した内容は好評を呼び、最終的に長編映画『花とアリス』に結実した。気鋭の映画監督である岩井氏は、そもそもなぜ「短編映画」の仕事を引き受けたのか。2人は「新しいことに挑戦しなくなったらおしまいだ」と口をそろえる――。
『花とアリス 第一章 ‐花の恋‐』より

テレビCMの限界を感じていた

【高岡浩三氏(ネスレ日本社長兼CEO)】はじめて岩井さんと会ったのは15年前。私がまだ菓子事業のマーケティング本部長だった頃のことです。

当時、弊社のチョコレート「キットカット」のコンセプトを15秒のCMでどうすれば伝えられるかと頭を悩ませていました。そこで、思いついたのが「短編映画」で表現するという手法です。相談先として、旧知の広告代理店の担当者に聞いたところ、唯一挙がってきたのが岩井さんでした。

【岩井俊二氏(映画監督)】そうでしたね。

【高岡】当時、テレビCMの限界を感じていました。億単位のお金を使ってテレビCMをつくって流しても売り上げが急に伸びるわけでもない。それにわずか15秒、30秒の尺では「キットカット」の「Have a break, Have a KitKat.」という全世界共通のブランドコンセプトを十分に伝えられません。

当時はインターネットによる第三次産業革命がちょうどはじまり、ブロードバンドの出はじめで、自宅にいながらパソコンで動画が見られるようになっていました。ひょっとしたら、これがテレビ広告に代わる広告メディアになるかもしれないと思いました。それで、2003年には『花とアリス』の短編映画を制作し、発表しました。インターネットで公開すると、約300万視聴という当時ではずばぬけて多い数の人たちが観てくれました。

【岩井】その後、いくつもの会社から「ネット動画を制作しませんか?」と提案がありましたが、その企画書の成功事例には必ずと言っていいほど『花とアリス』が挙げられていました。成功事例である制作物を制作者の私に推薦してくるほど気付かれていないという状況に驚きましたが、それほどに当時は流行になっていました。