「会社を退職したら趣味の延長線上で飲食店を経営してみたい」。そんな考えをもつ人は多いようだ。だが投資ファンドを運営する三戸政和氏は、「経験のない人が、趣味の延長線上として飲食業で起業するのは絶対にやめたほうがいい」と説く。甘い考えで始めた“素人起業”の悲惨な末路とは――。(第2回)

※本稿は、三戸政和『サラリーマンは300万円で会社を買いなさい』(講談社)の一部を再編集したものです。

200台の駐車場が満車になる農産物直売所だった

私はしばしば、会社を退職した後に飲食店経営の夢を抱く人に出会います。しかし、断言しましょう。それも絶対に止めたほうがいい。

写真=iStock.com/KatarzynaBialasiewicz

飲食業の経験のない人が趣味の延長で、喫茶店や居酒屋、バーなどを始めるのはおすすめしません。失敗して財産をすべて失うどころか、借金を背負って、悲惨な末路を迎えることになる可能性がきわめて高いからです。

知人から聞いた、飲食店起業の怖さがよくわかるエピソードがあります。

Aさんは、都市近郊にある農産物直売所の運営会社社長でした。週末には、200台くらい入る駐車場が満車になって、渋滞ができるほど人気の直売所です。

人気の理由の1つは、品種の豊富さにありました。

たとえば茄子1つとっても、長茄子、米茄子、白茄子、人気のイタリア茄子などさまざまな品種が揃っています。ほうれんそうなども、季節になれば、味も形も葉の厚さも、さまざまな種類が売られています。スーパーや八百屋では手に入らない珍しい野菜も人気でした。

土作りからして手間のかけ方が違います。有機堆肥、鶏糞、馬糞などを使ったり、牡蛎殻や塩を撒いたりもしていました。契約農家の方は熟成の仕方から、ハウス栽培や水耕栽培といったさまざまな栽培法も駆使しながら、試行錯誤し、よりおいしい野菜を追求して直売所に出荷しています。

こだわりの「パン屋」が転落の始まり

そんな素晴らしい直売所をゼロから作り上げたのが、Aさんでした。

農産物直売所は、15年ほど前、農村の真ん中に建てられた公共施設の中にできました。地域の十数名の農家が共同出資して株式会社を設立し、直売所を運営することになったのです。そこで社長になったのが、当時まだ30代後半だったAさんです。

当時から高級デパートに野菜を納品するなどしていたAさんは、若手生産者のリーダー的存在でした。研究熱心で、野菜作りでは右に出る者がいないほどの腕前です。

直売所の社長の仕事をこなしながら、Aさんは生産者の1人として農業を続けました。日の出とともに農作業を始め、一段落したら直売所に出勤。直売所をオープンさせ、さまざまな仕事を終わらせ、合間に抜けてまた農作業を行います。

周囲からの信望が厚く、頼まれたら断れない性格のAさんは、農業委員会の役員や地域振興プロジェクトのリーダーなども兼務していました。