玉袋筋太郎

1967年、東京都新宿区生まれ。高校時代からビートたけしの「追っかけ」として名を馳せ、86年弟子入り。浅草・フランス座で修業を積んだのち87年に水道橋博士と漫才コンビ「浅草キッド」を結成。以来、テレビ、舞台で活躍を続ける。趣味はスナックめぐり、自転車など。月に1回、お台場で「スナック玉ちゃん」を開店し、マスターを務める。著書に『男子のための人生のルール』(理論社)など。近著に『絶滅危惧種見聞録』(廣済堂出版)、浅草キッドの共著として『キッドのもと』(学研)。


 

俺、せがれをファミリーレストランに連れていったことがないんです。「あそこは融通きかねえぞ」って言いきかせて。

若い頃、朝から晩まで体を使う「体力ロケ」を終えて、ファミリーレストランに行ったことがありました。そこで大盛りカレーを頼んだら、「ご飯はできますけど、ルーの大盛りはできません」って言われた。「なんだそれ、結局、レトルトのパックだからでしょ」となって以来、ファミレスは避けるようになったんです。

いま、食べ物屋さんの一元化というか、チェーン化がどんどん進んでいて、どこに行っても同じになっている。俺はそれが面白くない。確かに会社の中で競争して、新しいメニューを開発している。その努力もすごいと思う。でも、それに加えて人間の味が入ってねえと、作り手の味が入ってねえと、満足できないんです。たとえば、おばさんがやっている食堂なら、「ネギ多めで」って言えば、ネギをたくさんのせてくれるわけで。だから、俺はそんな個人経営の店を応援したいんです。

その点、スナックと鮨屋は、まさに人間の味の極みです。

家の近所にある「プレジデントハウス」は、子どものときからその派手なネオン管を見ていて、4年ぐらい前にふと思い切ってひとりで飛び込んだ店。スナックはひとりで飛び込むところにロマンがあるんです。

ここは、料理もママさんが心こめて作ったものばかりで、しかも腹が減っていると見りゃ、何も言わずに自慢の焼きソバをどかんと大盛りで出してくれる。ちゃんと人の顔色を読んでくれるんです。

スナックには仕事も気性も違う老若男女が集まってきます。俺は、1カ月ぐらいスナックで働かす新入社員の研修があってもいいぐらいだと思う。嫌な客だっているし、マニュアル通りにはいかないし、タフになると思いますよ。

「田吾作」は、人に「変わった鮨屋があるぞ」って紹介されて足を踏み入れた店。練馬と聞いて、どうかなあと思いながら入ったら、これが変わり鮨ながら旨いわけです。大将の情熱で煮こごりの握りのようなオリジナルで勝負してくるのにも感動してね。

スナックにも鮨屋にもいろんな物語が潜んでいて、馴染みになって少しずつそれを嗅ぎ取り味わうのが楽しいんです。群れずに地域の人に慈しまれつつ暖簾を守るのは、大変なことなんです。やっぱり、そこには決してチェーン店にはないロマンがあるんです。