2015年に創業し、2年後に約200億円で買収された通信ベンチャー「ソラコム」。玉川憲社長は、全員でアイデアを発想し、意見を出し合うための仕組みづくりに熱心だ。そのひとつが「ニックネーム文化」。社員はニックネームで呼び合うため、玉川社長は社員から「ケン」と呼ばれているという。その狙いはなにか。マーケティング戦略コンサルタントの永井孝尚氏が聞いた――。

※本稿は、永井孝尚『売れる仕組みをどう作るか トルネード式仮説検証』(幻冬舎)の第3章「『成長パターン』企業の取り組み」を再編集したものです。

顧客数は8000以上、IoTの立役者

群れから孤立した雌牛は乳の出が悪いそうだ。牧場の乳牛の首輪に、GPSと体温・運動量などのセンサーを取りつけ、リアルタイムに計測することで、牛乳の生産性を改善できる。北海道帯広市のあるスタートアップが始めている取り組みだ。このように、あらゆるモノをインターネットにつなげて新たな価値を生み出す仕組みを、IoT(モノのインターネット化)という。

ただ従来、IoTのハードルは高かった。携帯電話のネットワークを使えば、牛がいるような屋外でもすぐつながる。しかし、その契約形態と専門性から、誰もがすぐに使い始められるとはいえない状況だった。IoTは大量のモノがつながってデータをやりとりするが、人が使う携帯電話と同じデータ通信料金プランでは合わないし、設定や管理も大変だ。

これを最新技術で劇的に安く手軽にして、一気に身近にしたのが、2015年創業のソラコムだ。2017年11月時点の顧客数は8000以上。2017年にはKDDIが200億円規模で買収し(金額は「日本経済新聞」2017年8月3日付による。なおKDDIは買収額を「非開示」としている)、話題になった。

なぜ社員40人の企業で、なぜそんなことができるのか

なぜベンチャーのソラコムがこんなことをできるのか、仕組みを簡単に説明しよう。

あらゆるモノをネットにつなげるには、全国をカバーする通信ネットワークが必要だ。ソラコムは通信キャリア(ドコモやKDDI)の基地局を利用することでこれを可能にしている。

このためにソラコムは、IoT向けのデータ通信SIMを提供している。SIMとは携帯電話に必ずついている小さなカードで、通信キャリアの基地局接続に必要な情報や機能が入っている。まず顧客は、ソラコムのウェブサイトや、アマゾンの通販サイトで販売しているソラコムのSIMを買い、ネットにつなげたい機器につける。

通常の携帯電話の場合、SIMから基地局に流れたデータは、通信キャリアの巨大なデータセンターに送られて処理される。

ソラコムは、通信キャリアが高価な専用機器で構築する巨大なデータセンターの機能を、アマゾンウェブサービス(AWS)のクラウド上で、ソフトウェアだけで作ってしまった。アマゾンのクラウド上に作ったおかげで、大きなメリットが得られた。顧客が増えて膨大な数の機器がつながった場合も迅速にシステムを拡張できる。さらに、顧客はウェブブラウザから自分の管理する通信を簡単に設定・管理できる。料金も安価だ。たとえば、バスの位置情報(数KB)を1分間に1回送信しても、月にかかる費用はバス1台あたり303円程度だ。

玉川 憲(たまがわ・けん)●株式会社ソラコム代表取締役社長 1976年大阪府生まれ。東京大学工学系大学院機械情報工学科修了。米国カーネギーメロン大学MBA(経営学修士)修了、同大学MSE(ソフトウェア工学修士)修了。日本IBM基礎研究所などを経て、2010年にアマゾンデータサービスジャパンにエバンジェリストとして入社。AWS技術統括を2015年春まで務めた。

日本IBMやアマゾンのクラウド事業統括を経て創業

通信キャリアのデータセンターをアマゾンクラウドの上に作るのは、技術的な難易度がとても高い挑戦だった。しかし玉川憲(たまがわ・けん)社長のもとにトップレベルの少数精鋭エンジニアが集結、わずか半年間で完成させた。発表したら大反響。顧客はこんな仕組みを待っていた。

ソラコム登場でIoTは一気に身近になった。そしてソラコムは世界のIoT通信基盤を目指して、驚異的な成長を続けている。

玉川社長は、日本IBMやアマゾンのクラウド事業(AWS)の技術統括部長などを経て、ソラコムを創業した。

「全速力で駆け抜けろ」という合言葉のもと、短期間で驚異的な成長を続けるソラコムの中は、どのように動いているのか? 玉川社長にお話をうかがった。