選挙に勝つにはどうすればいいか。米国では、ウソやデマであっても、大衆ウケのいいことを繰り返す政治家が優勢になっているという。真実や事実に基づく「理性」に訴えることはムダなのだろうか。カナダの哲学者ジョセフ・ヒースは「単純に理性の力を信じるのではなく、理性的な判断ができるように環境や制度を整える必要がある」と指摘する──。
写真=iStock.com/Christopher Ames

安楽死を高齢者に強要!?

まずは、次の文章を読んでほしい。

<オランダでは高齢者は変わったブレスレットをしています。「私を安楽死させるな」と書かれたものです。オランダには安楽死があるけれども、全死亡の10%までを占め、さらに安楽死の半分は高齢の患者に強要されているんです。だから、オランダの高齢者は病院へ行きたがらず、予算の都合で入院した病院から生きて出られないことを恐れ、他国へ行く>

「オランダってそんなディストピアだったのか!」なんて思った人は、情報リテラシー0点と言われても仕方あるまい。なにせ、ここに書かれていることは、オランダで安楽死が合法化されていること以外は、ほとんどすべてウソだからだ。

高齢者がブレスレットをつけているというのもウソ。安楽死が10%を占めているというのもウソ。その後に書かれていることもすべてウソ……。いや、ウソどころか、でっちあげといったほうが適切だろう。

「ポスト・トゥルース」はとっくに始まっていた

はて、こんなデタラメを言うのはどんな輩か。それがびっくり、2012年大統領共和党予備選挙に出馬し、最後まで首位を争ったリック・サントラム元上院議員なのだ。しかも、選挙戦真っ只中におこなった主張である。

「ポスト・トゥルース」だの「オルタナティブ・ファクト」だのは、何もトランプに始まったことではない。すでに2012年の大統領選でも、トランプに負けず劣らずの「オルタナティブ・ファクト」が製造されていたのだ。

と、エラそうに書いたものの、僕もリアルタイムでこの事例を知っていたわけではない。カナダの哲学者ジョセフ・ヒースの著書『啓蒙思想2.0』で上記の主張が紹介されており、そのトンデモっぷりに驚いたという次第。