「妄想」は精神科の代表的な症状のひとつです。精神医学では「訂正できない誤った信念」と定義されます。医学書には「患者の妄想を否定してはいけない」と書いてありますが、明らかに誤っている発言を受け流すだけでいいのでしょうか。具体的な対処法について、国際医療福祉大学の原富英教授が解説します――。

妄想の臨床には大きな矛盾がある

「妄想」という言葉の意味をご存じでしょうか。最近はテレビ番組でもツッコミ役の人が「それ、お前の妄想ちゃうか?」と言って笑いを取ることがありますから、一般的になっていると感じます。その場合は、夢想や空想と同じ意味で使われているようです。

ただし、妄想は、もともとは精神医学の用語で、無想や空想とは違う意味があります。私は精神科医ですが、妄想は精神科の代表的な症状のひとつです。そして妄想は、なかなか強固で簡単には対処できない症状です。どこが厄介なのか。今回はその点についてお話したいと思います。

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精神医学で妄想は「訂正できない誤った信念」と定義されます。定義はシンプルなのですが、実際に診断を下すには2つのハードルがあります。

一つ目のハードルは、その信念が「誤っていること」を確認しなければいけないからです。研修医の頃、先輩に「どうやって確認すればいいのですか?」と質問したところ、その先輩は困ったような表情をして「常識で考えたら……」と答えました。

その時の話題は「宇宙人」の話でした。宇宙人という言葉がでてくれば、患者さんの信念は「妄想」だと診断できます。ただし、宇宙人の存在を信じている人も多いですよね。

荒唐無稽な話も、度を超すと真偽の判定は簡単ではありません。同じく私が研修医だったころ、覚醒剤の常習者だというヤクザの若者が、「人から追われている」といって受診にきました。テレビドラマのような話で、ほとほと診断に困りましたが、後日、組を抜けようとして、本当に追われていたことが判明しました。

結局、真偽があやふやな場合は、臨床経験が35年になった今でも、私は常識で判断せざるを得ないと考えています。

二つ目のハードルは、訂正できるかどうかです(訂正不可能性の確認)。そのため「それはあなたの考えすぎでしょう」「ありえない話のようですが……」と相手の信念を訂正(否定)することで、反応を見るのです。

しかし妄想の治療に関しては、ほとんどの治療書に「妄想は否定してはいけない」と書いてあります。治療的にしてはいけないことを診断過程でせざるを得ない。この矛盾はどうすればいいのでしょうか。