ここ数年、「コト消費」という言葉が流行している。だがその定義はあいまいで、失敗例も多い。コピーライターの川上徹也氏は「コトがモノにつながらず、『コトを売るバカ』になっている」と指摘する。ポイントはどこにあるのか。川上氏はその成功例として、「飛ぶようにモノが売れる」という台湾の「宮原眼科」を例に挙げる――。

※本記事は、川上徹也『「コト消費」の噓』(角川新書)の第3章「『世界一美しい眼科』で、飛ぶようにモノが売れる理由」を再編集したものです。

宮原眼科の店内。画像は公式サイトより

世界一美しい「眼科」を知っていますか?

台湾の中央部、台北、高雄に継ぐ第3の都市・台中にその「眼科」はあります。

地元民はもちろん、国内外の多くの観光客が、世界一美しいと言われているその眼科を訪れます。建物の中はいつも混み合っていますし、外には長い行列ができています。

その名前は「宮原眼科」。

と言っても、病院ではありません。

地元の菓子メーカーで、パイナップルケーキが有名な「日出集団(DAWNCAKE)」によって、2012年に創られた巨大スイーツショップなのです。

この建物は、もともと1927年日本統治下において、日本人医師宮原武熊が「宮原眼科医院」として開業した台中最大規模の病院でした。

宮原氏は当時台湾総督府の医科長でもあり、台中市議員や高校の校長もつとめた地元の名士です。終戦後、宮原氏は日本に帰国、歴史ある赤レンガの建物は、国民党政府に管理されしばらくの間、「台中市衛生局」として使われていました。しかし衛生局が移転したあとは、数十年間、手つかずのまま放置されていたのです。

その間、1999年の大地震や、2008年の台風などの被害で建物は傾き、危険な状態になっていました。台中市政府は取り壊しを決めていましたが、2010年、そんな建物を買い取ったのが「日出集団」でした。

普通であれば、元のビルは取り壊して、新しい建物を建てるのが一般的です。そうすれば、高いビルが建てられるので明らかに効率的だからです。

しかし、日出集団は、あえて元々の建物を残しつつ、新旧を融合させ、リノベーションをする道を選びました。1階部分のアーチ型の門や2階の13個の窓などをはじめ、外観部分も象徴的な場所を残し、店内にも廃材や屋根瓦など、元からあった資源をできる限り使って、新しいデザインにリノベーションしました。そして2012年「宮原眼科」という名前で、スイーツショップをオープンさせたのです。

「ハリー・ポッター」の魔法魔術学校のような内装

2017年6月、私はこの「宮原眼科」を訪れました。

台湾に行くことになったのは、台北市光復南路にある台湾淳久堂書店でのトークイベントに招待してもらったからです。

このイベントを企画していただいた、香川県高松市の「かまんよ書店」店主の青木大さんから「宮原眼科は絶対見に行っておいたほうがいい」と強くすすめられ、イベント翌日、高鐵(高速鉄道)と台鐵(在来線)を乗り継ぎ台中市へ向かったのです。