“なごやめし”とは、「味噌煮込みうどん」や「ひつまぶし」など、愛知県名古屋市を中心に親しまれる独特の食文化の総称だ。全国的に知られる契機は、2005年の「愛・地球博」だという。その前年から東京・銀座に店を構えるのが味噌カツ屋の老舗「矢場とん」だ。国内店舗数23店で、年間230万人が訪れる人気店。名古屋の飲食店が東京でめざす道は何か。なごやめしが失敗する例と合わせて考えたい――。
矢場とん東京銀座店

「生活文化」の違いを学んだ

「2004年に銀座4丁目に出店し、ビルの老朽化で銀座2丁目に移転しました。銀座に店を出して13年。基本は変わりませんが、当初は名古屋と東京の違いに戸惑いました」

こう話すのは女将の鈴木純子氏だ。名古屋市内のサラリーマン家庭に生まれ、二代目の孝幸氏(現会長)と結婚。子育てを終えた43歳で本格的に店に入り、主婦目線で老舗飲食店を改革してきた。1996年から株式会社なごや矢場とんの代表取締役も務める“矢場とん躍進”の立役者だ。

どんなことに戸惑ったのだろうか。

「食文化と生活習慣ですね。『まず、みそかつがおいしそうと思われるのか』。味には自信がありましたが、見た目が茶色で地味なので、最初は味噌も別添えにした。それから名古屋は基本的にクルマ社会なので、夜の時間帯でもお酒を飲むお客さんは少ない。でも電車移動が多い東京では、お客さんもお酒と食事を楽しみに来店されます。当初は東京在住の名古屋出身者が多かったのですが、徐々にこちらの出身者も増えていきました」(純子氏)

創業70周年の現在(2017年)は、「ロース串カツ」(1本)や「特製どて煮」「ポテトサラダ」などを各70円(税別)の特別価格で提供する。おつまみ需要にも対応した内容だ。

「ランチメニュー」はやらない

銀座は買い物客やオフィスに勤める会社員が多い土地柄だ。でも、やらないことがある。

「出店当初、周りから『ランチメニューをやったほうがいい、ただしお客さんは1000円以上使わない』と言われましたが、当店のメニューをその価格で出すのは無理。かといって、肉の品質を落として提供するのは店のイメージダウンにつながる。銀座店は午前11時から営業していますが、ランチ価格での提供はしていません。これだけの内容をこの値段で出す。おいしいとんかつを食べたい時に思い出して、お越しください――という意識です」(同)

たとえば、定番の「ロースとんかつ」は定食セットで1100円、名物「わらじとんかつ」は同1600円、鹿児島産「黒豚ロースとんかつ」は同2100円、「黒豚ひれとんかつ」は同2400円(各税別)だ。一方、3000円からある「コースメニュー」は、東京進出以前の“名古屋時代”にはなく、宴会需要に応えて導入した。