トランプ大統領の就任で米国が漂流を始めている。だが、これはアメリカ帝国の「終わりの始まり」にすぎない。次に訪れるのは「アメリカなき世界」だ。そのとき台頭する超大国・中国と日本はどう付き合えばいいのか。京都大学名誉教授の中西輝政氏は「もう親米保守は成り立たない」と喝破する――。
写真=ZUMA Press/アフロ

アメリカ帝国の「終わりの始まり」とは

アメリカのトランプ政権が誕生してから9カ月余りが過ぎました。私の率直な感想を述べれば、アメリカは多くの人の予想を越えて大きく「漂流し出している」ということです。当初、日本国内の一部、主に保守的なスタンスを取る識者の中にはトランプ大統領を歓迎するムードがありました。例えば、北朝鮮への対応にしても「オバマ政権よりも強く出てくれるのではないか」といった期待感があったわけです。それは核ミサイル危機のつづく今もあるでしょう。しかし、トランプのアメリカを本当に信頼できるでしょうか。

4月にはアメリカの原子力空母「カール・ヴィンソン」が北朝鮮付近の海域へ向かって北上するというニュースが流れました。「アメリカが北朝鮮を攻撃する」という情報が取り沙汰され、東京では北朝鮮のミサイル発射情報に地下鉄が止まったほどです。この状況は「4月危機」という言葉がピッタリでした。

ところが5月になると、どこか憑き物が落ちたようにパタリと静かになったのです。そして、いきなり対話路線が浮上したのですから、早過ぎる戦略の転換と言わざるをえません。やはり、外交には我慢、忍耐がなければだめです。トランプ大統領は金正恩氏に足元を見られてしまい、いまのアメリ軍の態勢では北朝鮮を攻撃しないし、とてもできないということを露呈してしまいました。そのことが、7月のICBM(大陸間弾道ミサイル)の発射につながったと言っていいでしょう。そうすると、8月以後、またアメリカの対北攻撃が迫っているというニュースが日本中をかけ回っています。

このトランプ政権の下で、米朝の戦争が起きるのも大変ですが、実は結局、アメリカが北朝鮮との対話に入って日本を見捨てにかかるという可能性も大いに懸念されます。我々はずっと以前から少しでも自立できる国になっておくべきだったのです。

しかし、もっと大事なことがさらに深い変化として起こっています。就任直後からトランプ大統領がくり出してきた政策は、冷戦後、世界で唯一の覇権国だったアメリカが進めてきた「自由貿易」や「開かれた社会」をことごとくひっくり返すものでした。私はこれを、自由主義を掲げ世界に覇権を広げてきたアメリカ帝国の「終わりの始まり」だと捉えています。そして、この衰亡のプロセスはここに来て意外に早く進みそうな様相が見えてきました。それは2030年代、遅くとも40年頃には現実のものとなっていくに違いありません。

冷戦終焉後のアメリカが推進してきた政策はとりわけ、「新自由主義」とグローバルな「覇権主義」を力で推進しようとするものでした。これは、自由な市場経済を一切の制約なく発展させれば、おのずから公平な社会が実現するであろうという楽観的なもので、「市場原理主義」とも呼ばれるものです。そしてアメリカは、金融市場やITにおいて、まさしく世界を席巻しました。