元航空自衛官が分析する「米朝戦争」。第2回は、アメリカが準備しているという「斬首作戦」について。本当に戦争の可能性は低いのか――。

ビンラディンのようにはいかない

北朝鮮が核実験や弾道ミサイル発射実験を行なうたびに、米国による北朝鮮への武力行使の可能性が取り沙汰される。最近では、ステルス戦闘機などによる精密爆撃や、特殊部隊の急襲などにより最高指導者の金正恩を殺害するという「斬首作戦」が頻繁にメディアに登場するようになった。

韓国では2017年度中に「特殊任務旅団」の創設を計画している。おそらく、これが「斬首作戦」を実行する部隊ということになるのだろう。注意すべき点は、韓国はあくまでも「有事」における戦争指導部の「斬首作戦」を前提としていることである。つまり米国が考えているような、平時における作戦を想定しているわけではないのだ。

米国はこれまで、北朝鮮に対しては大規模な戦闘に発展するような作戦を実行できなかった。そのため、小規模な「斬首作戦」であれば実行可能であるかのように思えてしまう。

それは、中東での作戦で成功を収めてきたという実績があるからなのだろう。例えば、米軍は2011年にパキスタンで、国際テロ組織アルカイダの指導者、ウサマ・ビンラディンの殺害に成功している。

しかし、北朝鮮において、同様の手順による作戦を実行することは不可能であろう。なぜなら条件がまったく異なるからだ。たとえばビンラディンは平坦な砂漠に建つ施設に潜んでいたが、金正恩は首都・平壌の国防省の建物、もしくは中国との国境近くの白頭山中の地下深くにある指揮所に潜むとみられている。

平壌の国防省は小高い山の上にあるが、海に近いためヘリなどで侵入はしやすいものの、民家を装ったビンラディンの隠れ家と違って、周囲には高射砲と対空ミサイルが配備してある。

白頭山の指揮所は、北朝鮮が「悪の枢軸」とブッシュ米大統領(当時)に名指しされた2003年のイラク戦争時、先代・金正日総書記が身を隠していた場所。レーダーに映らぬようヘリが低空で接近するのが困難なうえ、山あいの出入り口にミサイルが直撃しないよう手を講じてあると推測されると同時に、やはり周囲には高射砲と対空ミサイルが設置してある。いずれもヘリで強襲するわけにはいかず、少人数で作戦を成功させることは非常に困難だ。金正恩が恐れているのは、空母と飛行機・ヘリよりも、やはり米地上軍なのである。

それでも、ウサマ・ビンラディン殺害作戦に参加した米海軍特殊部隊「DEVGRU」(旧・米海軍特殊部隊チーム6)を、今回の米韓合同軍事演習「フォール・イーグル」に参加させたことは、金正恩へのメッセージにはなったようである。演習中に発表された、朝鮮人民軍総参謀部報道官の「われわれ式の先制特殊作戦を実施する」との声明(2017年3月26日)がそれを裏付けている。

ただし、金正恩は、アルカイダやISIL(イスラム国)のようなテロ組織のリーダーとは決定的に違う。金正恩は国連に加盟する国家の最高指導者である。さらに言えば、金正恩はテロ組織とは違い、大量破壊兵器(核、化学、生物兵器)を大量に保有し、その使用についての権限を持っている。

なぜ米国はこれまで武力行使に踏み切ることが出来なかったのだろうか。その理由を考えるうえで、1994年の「第一次核危機」でのクリントン政権の検討結果が一つの参考になる。このとき米朝は核疑惑問題で一触即発の危機に直面しているからだ。

1994年5月18日、アメリカ軍の現役大将や提督が招集され、朝鮮半島での戦争に備える異例の会議を開かれた。会議での検討の結果、朝鮮半島で戦争が勃発した場合、最初の90日間でアメリカ兵の死傷者が5万2000人、韓国兵の死傷者が49万人に上るうえ、北朝鮮側も市民を含めた大量の死者が出る。そのうえ財政支出(戦費)が610億ドル(現在のレートで約6.7兆円)を超えると試算された。

さらに、朝鮮半島で全面戦争が本格化した場合、死者は100万人以上に上り、アメリカ人も8万から10万人が死亡する。また、米国が自己負担する費用は1000億ドル(同約11.1兆円)を超え、戦争当事国や近隣諸国での財産破壊や経済活動中断による損害は1兆ドル(同約111兆円)を上回ると試算された。

この危機は、当時の金日成主席と会談したカーター米元大統領が「北朝鮮が核凍結に応じた」の第一報により、土壇場で終息したのだが、どちらにしても途方もない損害をもたらす攻撃計画は実行に移されることはなかったであろう。