小説家、劇作家、演出家
本谷有希子さん

1979年、石川県出身。20歳で「劇団、本谷有希子」を旗揚げする。以降、戯曲と小説を精力的に発表。2007年『遭難、』で鶴屋南北戯曲賞、14年『自分を好きになる方法』で三島由紀夫賞、16年『異類婚姻譚』(いずれも講談社)で第154回芥川賞を受賞するなど、受賞歴多数。
 

食べることへの執着が強いとよく言われます。確かに私は1日3食必ず食べるし、どんな状況であっても絶対に欠かしません。我ながら欲望が強いなぁと思いますね。

その欲望は、「食事」というより「摂取」に近いのかも。特に劇団を旗揚げした20代の頃は、常に机に向かっていて、集中したらブドウ糖を直接飲んでやりすごすような毎日でした。何者かにならなくてはと焦燥感に駆られて仕事ばかり。思い返してみると、遊んだ記憶はほとんどないんです。

このまま同じ創作の仕方を続けていたら、いつか頭打ちになってしまう。そう思ったのと、結婚・出産のタイミングが重なって、ここ数年は意識してだらだらしたり、遊びに出かけるようになりました。

「パンツェロッテリア」は、渋谷へ出かけた際に何回か前を通りかかって、外観に魅かれたお店。あるとき入ってみたら、メーンからデザートまで全部揚げピッツァが出てきて驚きました。それ以来、ちょっと変わった美味しいものが食べたい気分のときに、家族や知人を誘って通っています。

ここで過ごすひとときは、まるでバカンスに来たみたい。常連さんが明るいうちからお酒を飲んでオーナーさんと談笑していたり、その足元にはお店の犬が寝そべっていたり。すごく洗練されているのに、どこかオープンで外国みたいにゆるいムードが素敵なんです。

もう一軒の「セドミクラースキー」は、打ち合わせで知ったチェコ料理のお店。お昼にじゃがいもの茹でパンとスープをよく頼みます。ここも知り合いの家に来たみたいな独特の雰囲気があって、お客さんがそれぞれの時間をゆったり楽しんでいるところが好きです。

芝居や小説に没頭し、生活にまつわることにはずっと興味がなかった私ですが、今はなんでもない日々の暮らしこそ自分を表現に向かわせるのだと感じています。机に向かって書く時間はただのアウトプット。いかに薄っぺらでない日常を生きるかが、直に創作と繋がっていると思うんです。

結婚後に上梓した小説『異類婚姻譚』は、「これといった不満のない主婦の日常を描いた小説なんて誰も読まない」という声に対し、そんなはずはないと思って書き上げた作品です。肝心なのは、内容が個人的な話題を超えて、同時に他者や世界と繋がる普遍性を持てるかどうか。昨年は久しぶりに演劇と関わって作品を発表したので、なんとなく、次は小説かなと思っています。