マツダのAWDシステムは燃費の向上と操縦性の向上が同時に達成できる。「AWDでも世界一になれ」、開発陣の目標は明確だった――。

「君は自分の仕事を放棄するんか」

四輪すべてに駆動力を与えるAWD(All Wheel Drive 全輪駆動)は、FF(Front Wheel Drive 前輪駆動)をはじめとする2WD(二輪駆動)と比較して、推進軸や差動装置など動力を伝達する機構を追加する必要があるため、車体重量の増加や燃料消費性能の低下などが避けられず、これがAWD車の弱点にもなる、というのが常識だ。

北海道の剣淵試験場でマツダ新世代AWD試乗会が行われた。

2008年頃、マツダはスカイアクティブ技術の開発に着手し、マツダ車の一新にとりかかっていた。その一新をめざす具体的な対象の中に、エンジンやトランスミッション、サスペンションとともに、AWDのメカニズムも入っていた。初期段階に開かれた燃費性能向上を検討する会議で、開発チームの一員であったパワートレーン開発本部の八木康(やぎ・やすし)は、同本部の本部長を務めていた藤原清志(現取締役専務執行役員)に、前述の常識にしたがってこう言った

「AWDはどうしても、2WDよりも車体が重くなり、燃費性能でもかないません。したがって、燃費性能をよくするためには、できるだけ駆動軸にトルクをかけないようにしてやればよいという考えで……」

藤原は即座に反応した。

「トルクをかけない? するとなにか、君は自分の仕事を放棄するんか。AWDは“トルクをかけてなんぼ”だろ!」

目の前の机を叩かんばかりの勢いだった。そう言う藤原の頭の中には、AWDのメカニズムの刷新について、従来の常識とはかけ離れた発想があった。

2WD車とAWD車、どちらが有利か?

そもそも自動車のタイヤというものは、2WDであってもAWDであっても、その接地面がクルマの駆動力を常に100%ムダなく路面に伝えているわけではない。現実の道路では、雨の日もあれば雪の日もあり、千変万化。そうした絶えず変化する路面との接点でタイヤは駆動力の敵であるスリップを繰り返しているのだ。このスリップが、燃費消費性能や操縦安定性を阻害する原因になっている。逆に言えば、スリップを完全に解消できれば、燃料消費性能と操縦安定性の両方を同時に向上させられることになる。

こんなスリップを解消しようとする取り組みにとって、2WD車とAWD車のどちらの方が有利なのか?

その答は簡単。AWDのほうが四輪すべてに駆動力をかけてスリップしているタイヤの動きを補える分だけ2WDよりも有利であり、だからこそ、すべりやすい路面と付き合わざるを得ない降雪地や未舗装地の多い地域でAWD車が重用されるのだ。