トランプはヒラリーより130万票も少なかった

アメリカ大統領選挙の結果には、とても驚きました。事前の報道では民主党のヒラリー・クリントン氏が優勢だと伝えられていましたが、実際には共和党のドナルド・トランプ氏が、次の大統領に選ばれました。私は「大義と共感」を政治信条としていますが、今回の選挙についてもこの言葉がキーワードになったと思います。

もしヒラリー氏が勝っていれば、アメリカ初の女性大統領でした。そこには「大義」があります。ヒラリー氏も「ガラスの天井を打ち破る」といって女性登用の必要性を訴えていました。政治やビジネスでの多数派は、日本でも米国でも男性であり、残念ながら女性は「万年野党」です。ヒラリー氏が大統領になれば、そうした状況を打ち破る象徴になります。私自身、同じ女性として「ヤッホー」と叫んだことでしょう。

敗北後の講演にヒラリー氏は「すっぴん」で登場 米大統領選で敗れたヒラリー・クリントン前国務長官は11月16日、選挙後初めて公の場で講演し、「選挙後は二度と家から出たくないときもあった」と話した。ほぼノーメイクであらわれたクリントン氏に対し、SNSでは「好感をもった」との意見が相次いだ。(写真=AFP=時事)

ヒラリー氏に足りなかったのは「共感」です。彼女の演説やテレビ討論は、トランプ氏よりはるかにスマートで完璧でした。しかし、その様子は完璧すぎたのではないでしょうか。夫は元大統領で、自身も前国務長官。誰もが優秀だと認める人物ですが、有権者からすれば、あまりに遠すぎる存在です。現状に不満をもつ人たちから「共感」を集めるよりも、「反感」を買ってしまいました。

一方、トランプ氏は「米国を再び偉大にする」という「大義」を掲げながら、誰も口にできなかった「本音」で語りかけました。繰り返した言葉は「アメリカファースト」。「メキシコ国境に壁を造る」という過激な発言もありましたが、アメリカ人のためなら何でもするという姿勢が、米国経済で取り残されてきた白人中間層の「共感」を集めました。

選挙のテクニックでも、トランプ陣営は優れていました。米メディアの報道によると、総得票数ではトランプ氏はヒラリー氏より約130万票も少なかったのです。ところが米国大統領選は、直接投票ではなく、州ごとに割り当てられた計538人の「選挙人」を積み上げていく間接投票です。このため得票数より、州ごとの勝敗が重要なのです。トランプ氏は、共和党と民主党の支持者数が拮抗する州で確実に勝利を収め、過半数をはるかにこえる290人の選挙人を集めました。落としてはいけない州で、きっちり勝ったのです。

暴言が多いといわれていますが、選挙戦が進むにつれて中身は穏当になっていました。演説でもプロンプターを使うようになり、用意された原稿を読み上げるようになっていました。選挙対策のプロが、トランプ陣営にどんどん集まるようになっていたのでしょう。

今後、トランプ次期大統領がどんな政策を実施していくのか、現時点ではまだわかりません。ただ、「ビジネス」の観点が重要視されることは間違いないでしょう。

たとえば選挙中には、法人税の引き下げや相続税の廃止といった施策について発言しています。現在、米国の連邦法人税は最高で35%、地方税を加えた法人実効税率はカリフォルニア州などで40.75%です。これは、イギリス20%、シンガポール17%と比べても高い水準です。連邦税分の35%を半分以下の15%にするという発言もありました。

もし米国が法人税率の引き下げに踏み切れば、企業の海外流出を食い止めるため、世界中で法人税の引き下げ競争が加速するでしょう。アジアでは、シンガポールや香港、上海といった都市が柔軟に対応してくるはずです。日本の法人実効税率は29.97%で、この数年で段階的に引き下げられてはいますが、こういった世界の潮流を踏まえた議論が必要です。