グローバル化への懐疑

今年の6月には英国が国民投票によりEUからの離脱を選択し、11月にはドナルド・トランプ氏の米国大統領就任が確定された。

今後の米英両国は、財の貿易だけではなく、金融、移民、軍事、内政、さらには地球環境などの諸問題からなる連立方程式の解を探るなかで、新たな政策を展開していくはずである。私の専門はマーケティング論であり、国際政治の全体を論じる立場にはない。以下で考えてみたいのは、グローバル化への懐疑が広がるなかでの今後のマーケティングのあり方である。

JETRO(日本貿易振興機構)の推計によれば、2000年には6兆ドルほどだった世界貿易は、2014年の18兆8000億ドルにまで拡大をとげた。国境を越え、地球全体が単一の市場と化してゆく“マーケティングのグローバル化”は、なぜこの時期に急速に進んだのか。まずはこの問題を振り返っておこう。

第1の要因としては、この時期には世界の先進各国で国内市場が成熟化していたことが挙げられる。日本だけではない。先進国はどこでもGDPの成長率は高くはなく、主要な製品やサービスは人々のあいだに行き渡っている。そのなかで大きな成長機会を求める優良企業は、国境を越えた事業展開に乗り出していくことになった。国際的な物流や通信のインフラの整備が進んだことが、この動きを後押しした。

日本においても優良企業の間で成長機会を海外に求める動きが広がった。一方日本の国内市場では、モバイル端末やデジタルコンテンツ配信、ファストファッションや高級自動車など、さまざまな分野での海外優良企業の製品やサービスの存在感が増した。これらの海外優良企業もまた、自国市場での成長機会の天井を克服すべく、国際的な物流や通信のインフラの整備を背景に日本市場に参入してきたのである。

対照的だったのは途上国市場であり、この期間も高い水準の人口と経済の拡大が続いてきた。日本だけではなく、世界の優良企業が成長機会を求めて、台頭著しい中国やインド、さらにはアフリカの市場でしのぎを削るようになった。

第2の要因は、グローバルな企業間の協調や連携の必要性の高まりである。これも先進国に共通する現象だが、先端産業を中心に研究開発費が高騰しており、IT産業、自動車産業、医薬産業などでは、世界の優良企業が国境を越えて連携することで、巨大な研究開発プロジェクトに共同で取り組む動きが広がっている。

さらに、第1の要因で取り上げたように、国境を越えた事業活動が活発化するなかで、新技術のグローバルな普及が迅速化し、製品やサービスのライフサイクルが短くなってきていることも、このグローバルな企業間の協調や連携の必要性を高めている。

たとえば、かつて1950年代から60年代に、アメリカで最初に発売されたカラーテレビが日本やヨーロッパに普及していくには、6年ほどのタイムラグがあった。ところが1980年代のCDの普及では、このタイムラグは1年ほどになった。そして1990年代のペンティアム(当時のハイエンドCPU)を搭載したパソコンの発売は、台湾、インド、アメリカそして日本でほぼ同時期に行われた。

こうした普及の迅速化や、ライフサイクルの短縮化に乗り遅れないようにするためには、世界規模での事業展開を一気に成し遂げる必要がある。その一方で、事業への投資資金の回収期間は必然的に短くなる。巨大化するだけではなくリスクも高まる先端ビジネスが、世界の優良企業をグローバルな協調や連携へと向かわせてきた。