名目額は増えたが実質的には目減り

これまで政府は、受給開始年齢の引き上げなど「今後もらう世代」の受給額を減らしてきた。だが、ついに「すでにもらっている世代」の年金減額にも踏み切った。これが2015年にはじめて適用された「マクロ経済スライド」という仕組みの意味だ。

社会保険労務士で「年金博士」とも呼ばれる北村庄吾氏は「これは悪魔の仕組みです」と話す。

「年金の支給額は、物価や賃金の上下の動きと連動する『物価スライド』によって改定されてきました。物価が2.0%上昇すれば、年金額も2.0%伸びる。しかし2015年から年金を受け取るすべての人を対象に、『マクロ経済スライド』が発動されました。平均寿命の延びや現役世代の減少に合わせて、一定の調整率を自動的に差し引き、物価や賃金の上昇率に対して年金額の伸びは抑えられます」

「マクロ経済スライド」の仕組みをおさえながら、2015年4月の年金額を計算してみよう。

まず賃金上昇率に合わせて2.3%のプラスがある。これまでは年金額もそのまま増えたが、2015年はマイナス要素が2つあった。

1つは「特例水準の解消」だ。2000年度から02年度にかけて物価が下落したにもかかわらず、特例法で年金額を据え置いたため、いまの年金支給額は本来より2.5%高い「特例水準」だとされる。13年度から15年度までの3年間で段階的に特例水準の解消が実施されており、2015年は最後の年で0.5%のマイナスだ。

もう1つが、「マクロ経済スライド」。スライド調整率はマイナス0.9%である。数値の根拠について、政府は「社会情勢に合わせて自動的に調整する」としているが、「複雑すぎて誰にもわからない」(北村氏)。

とにかく2.3%から1.4%が減らされ、年金額の上昇率は「プラス0.9%」となる。このため2015年4月分の国民年金支給額(満額、1人分)は、前年よりも月額608円増えた。

注意すべき点は、年金の名目額は増えているが、実質的な価値は下がっていることだ。

「賃金の上昇率が2.3%なのに対して、年金の伸び率はわずか0.9%。名目額は上がっても、実質価値は1.4%下がっていることになります。アベノミクスは物価上昇率2.0%が目標です。それが毎年続けば、10年後に物価は20%以上も上がる。しかしマクロ経済スライドによって、年金額が毎年1.1%しか上がらなければ、10年後には年金の実質価値が1割以上も目減りすることになる。いまの年金額を前提にすると、間違いなく老後破綻します」