最近は多くのコンビニにATM(現金自動預払機)が設置されているが、「ATMでお金を下ろすなら、セブン―イレブンで下ろす」という声がよく聞かれる。それはセブン銀行の好業績に表れている。

<strong>鈴木敏文</strong>●セブン&アイ・ホールディングス代表取締役会長兼CEO
鈴木敏文●セブン&アイ・ホールディングス代表取締役会長兼CEO

08年9月中間期決算では、ATM設置台数と1台あたりの利用件数の伸びにより手数料収益が増加し、純利益が前年同期から45%拡大。09年3月期の純利益予想も引き上げた。アメリカ発の金融危機で邦銀各行が軒並み減益となる中で“ひとり勝ち”状態だ。強さの理由を鈴木氏はこう語る。

「一つには提携先の金融機関の多さで、現在600弱と他社を圧倒します。そして、約1万2000店のどのセブン―イレブンの店舗にもATMが設置されている。一方で、いつどこでも使えるATMの使い勝手のよさから生まれる安心感があり、もう一方で店舗のほうの買い物のしやすさがある。その両方の相乗効果がロイヤルティ(繰り返し利用したいと思う度合い)の高さに結びついているのです」

人間は自分が今持っているものには過剰な価値を与えようとする傾向がある。一度、あるブランドや企業、店舗に対して高いロイヤルティを持つと、それを持ち続けようとする心理が働く。行動経済学では現状維持バイアスと呼ばれる。結果、勝ち組は勝ち続ける構図が生まれる。ただ、鈴木流経営の強さはその構図に安住しないことにある。

「問題は商品やサービスを提供する側のあり方です。売り手側は一度顧客のロイヤルティを得られたら、現状をそのまま維持すればいいかというとそうではありません。常に何かをプラスオン(付加)し続けなくては顧客のロイヤルティは維持できない。顧客から見て、今日の満足は明日は当たり前になり、明日の満足のためには追加されたものが求められるからです。食べものであれば、よりおいしく、より鮮度がよく、ATMサービスであれば、より利便性を高めていく。改善の積み上げこそが大切なのです」

同じ200の利得でも、一度に200の利得が得られるのと、最初100の利得が得られ、次もまた100の利得が得られるのとでは、後者のほうが満足度が高い。顧客の満足度の基準はその都度高まる。だから、改善の手を休めない。それと同時に鈴木氏が重視するのが「基本の徹底」だ。

「挨拶もそうです。私もこんなことがありました。新入社員で会社に入ったばかりのころ、上司にばったり会って挨拶したとき、相手も会釈してくれると、すごくうれしくなった。ところが、たまたまその人が何か考えごとをしていて知らん顔をされると、相手はそのつもりはなくても、無視されたように感じて傷ついたり、ずっと気になったりした。挨拶も“される満足”より、“されなかった不満足”のほうが大きく感じる。基本が徹底されていない店は顧客のロイヤルティをいっぺんで失うでしょう」

日々改善と基本の徹底をどこまで継続できるか。不況時代には顧客のロイヤルティを得たものが勝ち残るが、問われるのは継続力だ。

(尾関裕士=撮影)