住友銀行副頭取から「夕日ビール」に乗り込む

小説家・高杉良さんの作品の特長に“サラリーマンへの応援歌”という側面がある。どのような逆境に追い込まれたとしても、そこで懸命に奮闘する登場人物の心情や行動に読者は励まされる。それは、よく知られた人物の実名小説であっても変わらない。おそらくそれは、作者自身の徹底した取材を通して起ち上がってくる人物像がなかなかに魅力的だからだろう。

例えば、『燃ゆるとき』に登場した森和夫氏がそうだ。あの「マルちゃん」ブランドのインスタントラーメンで有名な東洋水産を創業した。あるいは『炎の経営者』に描かれた八谷泰造氏。この人は、戦後の化学工業の発展に先鞭をつけた日本触媒の経営者である。高杉さんは『男の貌』というリーダー論で、この2人に共通した魅力を人間性だとし、なかでも“つよさ”そして“やさしさ”だと記している。

『最強の経営者』高杉良(著) プレジデント社

最新作『最強の経営者』の主人公である樋口廣太郎氏は、やや趣を異にするかもしれない。その理由には、彼が住友銀行(現三井住友銀行)のエリートであり、頭取を期待される人物だったということがある。加えて、経営難に直面していたアサヒビールに転じ、そこで伝説的な再生を果たした後は、経団連副会長、さらに小渕内閣の諮問機関・経済戦略会議の議長などの要職を務めた財界のスターでもあった。

アサヒビールに乗り込んだのは1986年1月。同業他社から「夕日ビール」と陰口をたたかれ、社員にも元気がない。樋口氏は顧問に就任するなり、日本中の問屋を飛び回った。その頃のエピソードに、香典の先払いがある。店頭に山と積まれた古いビールを何とかしようと苦慮した樋口氏は、住友銀行の支店長会議でこう訴えたという。