労働者保護の政策と労働市場の規制緩和に折り合いをつけ、新たな雇用政策の枠組みをつくることが求められている。筆者は働く人の「エンパワーメント」に基づく施策が必要であるとし、そのポイントを指摘する。

労働政策の基本概念「エンパワーメント」の本来の意味とは

図:エンパワーメントの考え方に基づく労働政策
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図:エンパワーメントの考え方に基づく労働政策

2010年の幕があいた。と同時に、鳩山政権になって3カ月以上がすぎている。大いに不満である。新政権の雇用や労働に関する基本戦略が全く見えてこないことに大きな不満と焦りを感じるのである。

今、雇用と労働の世界は、大きな転換が求められている。なかでも重要なのは、戦後ずっと続いてきた労働者保護の政策と、ここしばらく進んできた労働市場の規制緩和に折り合いをつけ、新たな時代の雇用政策の枠組みをつくることが必要な時期に入っていると思われるが、こうした動きが全く見えてこないのである。

このままいくと、労働団体などが求める労働者保護政策に落ち着く可能性がある。もちろん、小泉政権以来の規制緩和には、修正すべき点が多いし、派遣労働者など、いわゆる非正規雇用のもとで働く人に関して、ある程度の規制強化も必要だと考えるが、グランドデザインや基本概念なしで進むことに危惧を覚えるのである。

私は、今後の労働政策の基本概念は、働く人の「エンパワーメント」だと考えている。エンパワーメントという言葉は誤解されて使われることが多い用語である。よく「権限委譲」や「仕事を任せる」ことと混同される。残念なことに、経営学辞典を見ても、「現場の社員の裁量を拡大する」などの単純な定義がある。

だが、本来、エンパワーメントとは、文字どおり「パワーを与える」ことなのである。自律的に目標が達成できるようになるための支援といってもよい。そのためには、権限を与えたり、自由度を高めたりするだけではだめだ。選択肢を増やしても、課題を実行するための資源や能力が備わっていないと、結局は失敗に終わる可能性が高い。その結果、権限委譲や選択肢の提供は失敗だったということになり、施策自体が中止されることもある。

経営学の世界では、クリストファー・バートレットとスマントラ・ゴシャールという著名な経営学者が、『個を活かす企業──自己変革を続ける組織の条件』(ダイヤモンド社、新装版、07年)において、エンパワーメントがうまく機能する条件として、(1)情報や資金などの戦略的資源の提供、(2)従業員が自分で自分を規律づけるための仕組みの整備、(3)従業員がストレッチするための環境整備(能力開発やチャレンジなど)、そして(4)経営者への信頼をあげている。また、こうした要素を伴ったエンパワーメントをリアルエンパワーメント(真のエンパワーメント)と呼び、単なる「あなたにはパワーがある」と呼びかけるだけの、心理的エンパワーメントと区別する研究者もいる。