ノーアウト満塁でマウンドに立ったリリーフエース――習近平主席をこう呼ぶ著者は、かつて日中交渉に携わった元経産官僚。過去30年余にわたり中国の経済成長を見つめてきた。訪中回数は200回を超えるという。

津上俊哉(つがみ・としや)
現代中国研究家、津上工作室代表。1957年生まれ。80年東京大学卒業、通商産業省(現経済産業省)入省。通商産業研究所上席研究員などを経て退官。2004年東亜キャピタル社長、12年より現職。著著に『中国台頭』『中国停滞の核心』ほか。

日本ではここ数年、「中国経済礼賛」と「中国崩壊」という対極のイメージが共存して入り乱れ、互いに短絡的な結論へと煽り合ってきた。他方、日中関係は周知のように尖閣問題を発端として悪化した。ようやくお互いに歩み寄りを模索し始めたものの、まだその確固たる道筋を見出すには至っていない。この迷妄に一石を投じようと試みたのが本書である。

「習近平が登場して2年半。この間、中国は大きく変わりましたが、尖閣事件の記憶が刻み込まれた日本にはその変化が読み切れない。中国は今、崖っぷちなんです。習政権はこのまずい状況を何とかしなければと思っていろいろとやっている。そう認識しなければすべてを見誤ると思います」

“いろいろ”とは、習政権の経済大国外交だ。その両輪は、絶大な経済力に裏打ちされた影響力を周辺諸国に浸透させ、国際的地位をアピールするために提唱した「AIIB(アジアインフラ投資銀行)」と、「中央アジアを貫くシルクロード経済ベルト」+「沿岸部を結ぶ21世紀海上シルクロード」の両路を建設する「一帯一路」構想である。

しかし、前者は透明性や国際ルール順守への不安を払拭できず、後者は国内産業向けの効果ばかり期待されている。

これらをいったいどう読み解けばよいのか。「2009年以降の中国は『GDP世界一は時間の問題』『中国復活の時は来たれり』と国内が盛り上がり、いい気になって『領土・領海には一歩たりとも譲歩せず』などと外に向かって強気に出たため、ナショナリズムが燃え盛ってしまった。

でも、それは幻想です(苦笑)。習近平がその軌道修正を始めたのが経済大国外交。しかし今、それが大変難しい局面を迎えています」

著者は、軍備増強を含む習政権の具体的な“岐路”へと踏み込んでいく。広大な土地と膨大な人口を抱え、いったん点火したナショナリズムを何とか制御しつつ他の大国と伍してゆく崖っぷちの巨龍。対峙する日本の政官民にとって、本書はその先行きを透視するヒントになりそうだ。

(永井 浩=撮影)
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