マラソンでいえば35キロ地点

私ががんの原因となるウイルスに感染していると知ったのは、宮城県知事時代の2004年のことです。以後、定期的に受診していたところ、5年後に発症を告げられました。

浅野史郎氏

病名は成人T細胞白血病(ATL)。ウイルスが白血球中のT細胞をがん化することで発症する、きわめて死亡率が高く、治癒が難しいタイプの血液のがんです。

告知から10日目、東京・白金台の東京大学医科学研究所附属病院に入院。4カ月にわたる抗がん剤治療の後、ドナーが見つかり、築地の国立がん研究センター中央病院に移って骨髄移植を受けました。

抗がん剤治療中は舌の腫れ、腹痛、吐き気、発熱、味覚障害などの副作用があり、骨髄移植後も顔のむくみ、口内炎、腹痛、吐き気、便秘などの症状に悩まされましたが、幸い移植した骨髄の生着が確認され、10年2月に退院。8カ月ぶりに自宅に戻ることができたのです。

ただATLという病気の性格上、高い確率で再発の可能性があり、骨髄移植にともなう拒絶反応(GVHD)によって重篤に至る危険、免疫抑制剤の使用にともなう感染症の恐れもありました。私の場合も退院から1年間に、3回の再入院を繰り返し、このうち膀胱炎の治療では人生で最大の痛みも体験しました。

しかし大事には至らず、今年5月に骨髄移植から3年半になりました。主治医の先生によれば、「マラソンでいえば35キロ地点」とのこと。まだ少し先はあるけれども、完治というゴールに近づいています。

それにしても、ATLが致死率の高い恐ろしい病気であることは知っていましたが、ウイルス感染者のうち、急性ATLを発症するのは1000人に1人と聞いていたので、まさか自分がなるとは思っていませんでした。それだけに、告知されたときは大きな衝撃を受けました。

ただ、病院近くの喫茶店で、妻に「この病気と闘うからな。絶対に負けない。どうか力を貸してくれ」と話したとき、恐怖心が吹っ切れました。私は「病気と闘う。それだけを考えよう」と決めたのです。以後、闘病中ずっとこの姿勢を貫きました。

統計的に見れば分が悪くても、私にはなぜか「必ず治る」という、根拠のない確信がありました。