染色加工の下請け企業から、総合繊維メーカーへの脱皮、さらには非繊維分野での多角化を推し進めて著しい成長を遂げてきたセーレン。約30年にわたり企業改革を主導してきた川田達男会長を取材してきて、気づいたことがある。それは、頻繁に「夢」が語られることだ。企業が夢を持つことは、どのような意味があるのだろうか。希望学の第一人者である東京大学社会学研究所の中村尚史教授を対談に迎え、組織における夢の重要性について語ってもらった。

「夢で世界を変えていく」をスローガンに

――まずはお2人の出会いについてお聞かせください。
中村尚史(なかむら・なおふみ)●東京大学社会科学研究所教授。1966年、熊本県生まれ。89年熊本大学文学部を卒業後、94年九州大学大学院文学研究科にて博士課程修了。同年より東京大学社会科学研究所助手となる。その後埼玉大学助教授などを経て、2010年より現職。主な著書として、『日本鉄道業の形成』『地方からの産業革命』などがある。 東京大学社会科学研究所・希望学プロジェクト>> http://project.iss.u-tokyo.ac.jp/hope/

【中村】セーレンの川田会長とは、東京大学社会科学研究所が「希望学プロジェクト」の一環として行った福井県の総合地域調査(2009年)でご縁をいただきました。希望学とは、社会において希望がどのような役割を果たすのかを考えるプロジェクトです。福井調査を実施するにあたり、県の基幹産業である繊維メーカーとしてご紹介いただいたのがセーレンさんだったのです。

川田会長(当時は社長)のお話は、とても興味深いものでした。セーレンは「夢で世界を変えていく」というスローガンを掲げています。セーレンの「夢」は、希望学の「希望」に通じます。理想を実現するため、具体的な目標設定のもと、強い意志をもって現状を変えていこうとするセーレンの企業行動は、まさに希望学が想定する希望実現のプロセスそのものです。そこでセーレンの革新的な企業行動のメカニズムについても調査したいと申し出た結果、『希望の共有をめざして: セーレン経営史』としてまとめた研究に結実しました。

【川田】我々セーレンとしても、希望学という学問を通して自分たちのあり方を見つめ直す機会を得たことは、非常にありがたいことでした。折しも創業125周年という節目に重なり、後世に残すことのできる、社員や関係者の方々に読んでもらえる社史をつくってほしいとお願いしたのです。そのためにも我々自身が裸になる必要がありました。中村教授には、経営会議や役員会の記録から経理・財務の資料、OBへの取材まで、社内のあらゆる情報をオープンにしました。

【中村】いままでいくつかの会社の社史を執筆させていただきましたが、企業の内側をここまで勉強させていただいたのは初めてです。結果的に非常に個性的な経営史に出来上がったと自負しています。

この春には、「企業家研究フォーラム」という学会の年次大会でこの経営史が取り上げられ、私も川田会長と一緒に登壇しました。討論の際には川田会長に質問が殺到しましたが、やはり参加者の一番の関心は、組織内で傍流だった人がどうやって社長にまで登りつめ、企業改革をやってのけたのかという点でした(連載第1回参照 http://president.jp/articles/-/14296)。それに対する川田会長の回答は、「理論で説明できることは2割しかない」。つまり、人生の8割は、経験や運といった説明しにくいもので突き動かされているというわけです。言い得て妙だと思いました。

【川田】経験や運のほかに、気合や努力も含まれます。

【中村】それもあるでしょうね。目標に対する執着、とにかくそこに到達するんだという強い意志。これが希望学でいうところの希望であり、社会の変化や変革のためには不可欠です。これについての重要な事例をセーレンさんは提供してくださいました。