24時間もたなかった治療終了の喜び

手術が終わってから、妻はハーセプチンという点滴治療を1年間受け、点滴治療終了となりました。ハーセプチンはがん細胞しか攻撃しないため、妻の髪の毛は生え、夏にはウィッグを被らなくてもいいようになったのです。

点滴治療最終日の12月18日、これで解放される、といううれしさから、妻は点滴を受けている自分の手を記念撮影しました。ここまで来るのに1年7カ月、私にとっても本当に長い道のりでした。

点滴を受けている自分の手を記念撮影した写真。

昼頃に病院を後にすることができたので点滴治療終了を祝うため、有楽町のイタリアンレストランに入りました。そこでパスタのランチを注文したのですが、リーズナブルなのにパスタだけでなく珈琲、デザートも堪能でき、ルーフバルコニー越しの景色もよかったため、これからの前向きな話をするのに最適でした。「また来よう」と妻と言い合い、気分よく店を後にしたのです。

ところが翌日の朝、主治医から電話がかかってきたのです。これまでになかったことで、嫌な予感がしました。用件は、昨日妻が受けた血液検査で腫瘍マーカーの数値が非常に高いことがわかったため、明日病院に来てほしいとのことでした。「身体、つらくない?」と聞かれるほどで、どこにがんが転移したのか検査が必要だというのです。

治療終了からまだ24時間も経っていないのに、再発の宣告……。

昨日、お祝いしたことが、一瞬にして色褪せてしまいました。

いったい、なぜこのようなことが起こったのか、まったく理解できませんでした。妻は昨日まで、1年間もハーセプチンの点滴治療を受けてきたのです。この長い期間の治療は、まったくの無駄だったのか? と思うと、ただただ妻が不憫でなりませんでした。

原因は半年間ほど血液検査を行っていなかったため、再発がわからなかったのです。なぜ定期的に血液検査しなかったのか……と絶句せずにはいられませんでした。

翌日、妻は消え入りそうになりながら、病院へ向かいました。私も付き添いたかったのですが、娘がひどい風邪をひいていたため、妻ひとりで病院に行ったのです。病院に着くとすぐにCT検査となりました。

転移先は、肝臓でした。しかも肝臓の3分の1ががんに侵されていたのです。点滴治療終了からたったの2日しか経っていないというのに、妻は新しい治療の選択を迫られました。

夕方、妻が帰宅し、その話を聞いたときの私の記憶はありません。しばらくして、妻が「疲れたから寝る」といって、風邪で眠り続ける娘の布団に入りました。私も呆然としながら立ち上がると、妻と娘がいる布団に潜り込みました。娘を真ん中にして、「川」の字になって家族が1つの布団に横になったのです。ひんやりとした「川」の字……見たことのないはずの三途の川が、脳裏に浮かびました。

私はずっと天井に目をやったままでした。妻のほうを見ることができずにいたのです。

妻のほうを見た途端、涙が溢れました。妻のあまりもの痛々しさと、自分の無力さに泣けてきたのです。それなのに妻は「いままでありがとう」といってくれました。長い時間、夫婦で泣いていました。そんな私たちに気づくことなく、娘は静かな寝息を立てているのです。娘の寝顔を見ていると、せつなくて仕方がありませんでした。