医者は自分では絶対に避けるような多大な困難をともなう治療を患者に施術することがある。私たちは病気になって焦る前に考えておかなければならないことがあった。

なぜ、医者は自分では受けない治療を施すか

緩和ケア診療所「いっぽ」医師 萬田緑平氏● 1964年生まれ。群馬大学医学部卒業。群馬大学附属病院第一外科に所属。2008年、緩和ケア診療所・いっぽの医師となる。

医者も人間ですから、必ず病気になります。当然、がんに罹る可能性もあります。

しかし多くの医者は、自分が病気になったとき「やらないほうがいい治療法」があること、そしてその多さを認識しているはずです。

もちろん患者さんの年齢やがんの種類、ステージなどケース・バイ・ケースでしょうが、治癒の見込みがきわめて困難な場合、患者が医者自身ならば抗がん剤治療を行わないケースが多いのではないか。ぼくもそうですし、医者仲間とも、「抗がん剤治療は勘弁してほしい」「この手術だけは絶対にしたくない」などと話すことがあります。闘病のつらさ、苦痛、日々疲弊していく患者さんの表情、身体――それらを日常的に目の当たりにしていて、ある程度は見通しがつくからでしょう。

平たく言えば、自分と自分の身内には、すすめられない治療がある。しかし患者さんに施している可能性がある、ということです。

では、患者に抗がん剤治療を施す医者は不誠実なのかというと、そう短絡的な問題ではありません。

実は真面目で誠実な医者ほど、つらい治療を患者さんに強いてしまうことがあります。結果、いわゆる延命治療になりがちなのです。

なぜ、医者はつらい治療を患者に施すのか。大きく分けて2つ、理由があると考えます。

まずは医者側の問題。

病気を治す、というのが医者の当然の役目ですから、全知全能全人格を使って治療することが前提です。

医療報酬やら薬の投与点数やら手術の実績やら、病院や医師が利益を得るような構造上の問題も多少は横たわっているとはいえ、基本的には医師は真面目で律儀で優秀な人が多いから、「治すことがわたしの使命だ」と考えます。

その一方で、「治療をやめるとどうなるのか」ということに医者は無知です。

医者が患者さんに治療法を説明するとき、“エビデンス”という言葉を使います。治療法が優れているとされる科学的根拠のことです。医者はエビデンスのある治療を受けた患者さんがどうなるのかは知っていますが、受けなかった場合や治療をやめたケースで患者がどうなるのか――をよく知りません。そういう教育は受けてきていないし、病院では治療継続という形でしか患者さんに接することができないからです。だから、進むしかないわけです。