「一貫性の原理」を悪用した営業戦略

「それは振り込め詐欺かもしれませんよ」

銀行関係者からそう忠告されても、耳を貸さずに犯罪者に金を振り込んでしまう人がいる。

「今すぐ振り込まなければ」と、ひとつの思いに心が支配されると、それを貫こうとする気持ちが働いて、他人のアドバイスは耳に入らなくなる。

この行動を、一貫性の原理という。

これは、カルト団体の思想の教え込みでもよく使われる手だ。最初に教義を信じさせるのに成功すると、その後に団体の上層部が「人をだましてでも、神のためにお金を持ってきなさい」などと理不尽な命令をしても、信徒はその指示に従ってしまう。罪悪感を覚えたとしても、「教義を信じた」という一点において、一貫性のある行動を取ろうとする。

悪質商法でもこの原理を用いて、契約まで誘導することはよくみられる。

▼ワルの巧みな手口を実況中継

ある被害例を見てみよう。 

女性から電話で服飾関係の展示会へ誘われた男性は、見るだけの軽い気持ちで会場を訪れた。会場に入ってまもなく、女性が、30万円のオーダーメードのスーツを勧めたが、男性は「結構です」と購入を拒んだ。女性は相手の出方を見て、正攻法では契約しないと判断した。

「大変失礼ですが、どのようなお仕事を?」

女性は仕事を尋ねると、男性は警備員と答えた。ますますスーツを必要としない職業であったが、女性は購入の糸口を探るためにさらに質問を重ねた。

「警備のお仕事は、大変ですよね。今のお仕事をずっとされるおつもりですか?」

それに対して男性は、答えた。

「できたら他にいい仕事があれば転職したいです」
「では、転職活動も?」
「はい、最近けっこう面接を受けているんです」
「面接などでスーツを着る機会もあるわけですよね」
「ええ」

ここでようやく購入の糸口が見つかった。そこで、女性は最初にオーダーメードのスーツの必要性を説くことにした。

「仕事で人に会うときは第一印象が肝心だと言われますね。面接なんか特にそうですよね」
「確かにね」
「もし、似合わない不格好な服装をしていたら、印象はあまりよくないですよね」
「そうでしょうね」
「逆に、仕事ができる人は、自分にあったスーツを着こなしているとは思いませんか?」
「そうですね」
「びしっとしたいいスーツが1着あれば、どこに出ても恥ずかしくありませんね」
「ああ、なるほど」
「ところで、お客様は、仕事ができる人の条件って何だと思いますか?」
「うーん、そうだな。決断力があって、意志を曲げないことですかね」
「仕事をする上で、自分の意見がすぐに変わるような優柔不断な人は、誰からも信頼されませんよね。ビジネスマンとして、とても大切なことです。お客さまは、どのようなタイプですか」
「まあそんなに偉そうなこと言えないけれど、どちらかと言えば一度、物事を決めたら意志は通す方かな」
「男らしいですね。では、この先、やりがいのある仕事を見つけたら、バリバリ仕事をしそうですね!」

男性は褒められて、まんざらでもない表情をした。その瞬間、女性はすかさず聞いた。

「ところで、自分のお体に合ったオーダーメードのスーツはお持ちですか?」
「いいえ、ないですね」
「では、1着くらいはご自分の体にぴったり合ったオーダーメードのスーツをお持ちなったほうが……」

最終的に、この女性は男性にスーツの必要性を確実に植え付けながら、30万円もする高額なスーツを月々のカード払いで購入させることにまんまと成功したのである。

ここには、営業などに使えるポイントが随所にみられる。