犯罪が起きる前に“犯人”をタイホ!

人工知能の世界的権威であるレイ・カーツワイルは、コンピュータの能力やインターネット関連の技術に関して、恐るべき精度で予測を的中させる予言者として知られている。現在はグーグルで研究を続ける彼によれば、2045年にコンピュータの処理能力が人間の脳を凌駕するシンギュラリティ(技術的特異点)を迎えるという。そんな45年に生きる人々に焦点を当てた番組が15年1月3日から放映のNHKスペシャル「NEXT WORLD 私たちの未来」だ。制作統括を務める寺園慎一氏は、30年後の恐るべき世界の全貌をプレジデント誌に明かした。
NHKスペシャル制作統括の寺園慎一氏。

【寺園】今回の取材で最先端の研究者たちから聞いた話は、にわかには信じられないものばかりです。例えば30年後には、人類の平均寿命は100歳と予想されていました。常に提供者不足に悩まされている臓器移植ですが、3Dプリンタによって臓器が生産されることで解消されることになります。副作用が問題とされている抗がん剤も、ナノテクノロジーが発達することで、がん細胞にのみ作用するようになります。日本でも研究されている「体内病院」はまさに夢の技術です。

──体内病院は国による研究開発推進事業、「センター・オブ・イノベーション」に採用されたものの一つ。ナノマシン(1ナノは100万分の1ミリ)が体内を循環し、異変を発見すると診断を行い、治療を始めるという驚くべきシステムだ。これらの技術が確立されれば、単に寿命だけではなく、健康に生きられる期間も飛躍的に延びることになる。誰にとっても歓迎すべき未来に思えるが、新たな問題も浮上する。

【寺園】実は長生きどころか、不老不死を実現しかねない若返りの薬が開発中なのです。ハーバード大学のデビッド・シンクレア教授はマウスにある物質を投与することで細胞の活性化に成功しました。この効果を人間に当てはめると、60歳から20歳に若返ったのと同等だということです。この技術が実現すると、これまで正常とされてきた世代交代が成り立たなくなります。貧富の差が拡大することもあるでしょう。夢があるという半面、手放しで歓迎というわけにはいきません。

──これまでは遠い世界の話として感じていた技術が、いつのまにか生活の中に浸透し、大きな変化を生む。それは何も医療分野だけではない。ビジネスの世界を席巻するビッグデータだが、アメリカでは犯罪捜査に活用できないかテストが開始されている。

【寺園】コンピュータが「ここで犯罪が起こるから出動しろ」と警察に指示を出し、実際に犯罪が起こり、あるいは起こる前に“犯人”を逮捕できるようになります。統計的な処理の結果ですから理由も何もあったものではないですが、これが的中するのなら実際に運用されるのは間違いありません。まるでSFの世界です。娯楽だって変わります。聴覚と視覚に特化している現在のバーチャルリアリティが五感に拡張されることで、家に居ながらにしてエベレスト登山すら可能になります。寒さや息苦しさ、突風で吹き飛ばされることすら体験できるようになるのです。

──それだけではない。人間が肉体から解放される可能性すらあるという。脳のデータを丸ごとデジタル空間に移植することができれば、意識はデジタル空間で生き続ける。そうなれば人間の在り方自体が根底から覆える。そんな未来に不安を覚える人もいるだろう。

【寺園】道具の発明、言語の獲得、産業革命。人類はこれまでいくつもの大きな転換点を経験してきました。人間の好奇心や不可能を可能にしたいという思いは押さえつけることはできませんから、これからも科学の発展は止まることはないでしょう。だから科学が人間に何をもたらすのかを考えたり、倫理的な是非を議論する必要がありますが、特にわれわれジャーナリストは、批判的な目線になりがちです。私たちはそういった側面を控えめにして、技術そのものではなく、発展した科学によって私たちの暮らしがどのように変化し、そこで生きる人々が何を考えるだろうかということに焦点を当てました。漠然と不安を抱えるのではなく、私たちが迎える未来をより身近に感じてもらうことができるはずです。

(唐仁原俊博=構成 小倉和徳=撮影)
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