いい映画には役者が発する気が現れている

高倉健の映画にはふた通りの共演者が出てくる。まずは高倉健が安心して演技できる俳優、女優。池辺良、田中邦衛、小林稔侍、大滝秀治、富司純子、檀ふみ……。もうひとつのグループは高倉健が緊張して演技をする相手役たち。中村錦之介、森繁久彌、三木のり平、ビートたけし、吉永小百合、中野良子、田中裕子……。ゲストで出てくることの多い大物俳優たちだ。

彼の映画にはごく初期の作品をのぞいて、必ず、このふたつのグループに属する俳優たちが出てきて、それぞれ演技を競い合う。高倉健の映画とはワンマン役者がひとりいるだけのものではなく、巧みなアンサンブルで成り立っている群集劇なのである。

『高倉健インタヴューズ』(プレジデント社)のなかで、彼は「いい映画に必要なもの」について、次のように答えている。わたしはこの本を書くために18年間、取材をしたのだが、いつ聞いても、この答えだけは変わらなかった。

「『気』じゃないでしょうか。

いい映画には役者が発する気が現れている。

役者同士がぶつかる火花と言ってもいい。

『夜叉』(1985年 東宝)って映画のなかで、僕が元の子分だった(小林)稔侍を殴るシーンがあって、そこであいつがほんとにいい芝居をしてくれました。

こっちも体がかーって熱くなって、台本にはなかったけれど、思わずポケットから白いハンカチ出して、唇の血を拭けって……。

芝居がそんな展開になっちゃって、そこをまたカメラの大ちゃん(木村大作)がぴしっといい絵で撮ってる。
でも、それも、一人が一方的に気を発しただけじゃ駄目なんです。役者もスタッフも含めて気を発した同志がぶつかって火花が飛ばなきゃ」

わたしは何度も彼の撮影現場を取材した。『鉄道員 ぽっぽや』(1999年 東映)から遺作となった『あなたへ』(2012年 東宝)まで、すべての撮影現場、ロケ現場へ行ったが、彼の言葉にあるように、現場は緊張感にあふれ、スタッフ、共演者は気を発していた。

「もし、カメラが回っている間に携帯電話を鳴らしてしまったら、間違いなく殺される」

本当にそう思った。みんな、ぴりぴりしていたのである。