『海賊とよばれた男』の主人公として、再び脚光を浴びた出光興産の創業者、出光佐三。東西古典に精通した碩学の経営者・北尾吉孝氏は、その言葉をどう読み解くか。

3.多大な苦労や苦難は人間を強くさせるのか

出光佐三は創業以来、一貫して「消費者のため」という理想を掲げ、それに反するカルテルに加わらなかった。

それゆえ戦後は外国のメジャー石油会社と組んだカルテル側から徹底的に攻撃され、たいへんな苦戦を強いられることになる。周囲はすべて敵ばかり、そんな状況でも彼は弱音を吐かず、信念を貫き通し、ついに世間の支持を勝ち取ることに成功したのである。

僕がいつも楽観的だと評されるのは、ひとえに苦労の賜だ。
恒心(こうしん)を得たのである。

そして、その過程で佐三は、何が起こっても動揺したりぐらついたりしないという意味の「恒心」を得た。それは苦難を乗り越えたからこそ自分のものにすることができたのだ。

この恒心を手にしてしまえば、状況によって気持ちが昂ったり、怖気づいたりすることなく、いつも平常心でものごとに臨むことができるようになる。佐三のような恒心の持ち主は、ビジネスパーソンにとってはまさに憧れといっていいだろう。

しかし、いくら恒心を得たいと望んでも、そう簡単にはいかない。日ごろから安全で平坦な道ばかり歩いていたら、水たまりに足を踏み入れたり、目の前を蛇が横切ったりしたくらいのことでも、すぐに自分を見失って、正常な判断ができなくなってしまうであろうことは、容易に想像がつく。

恒心を得るなら、まずは「人はいつか必ず死ぬ」「人生は一度きり」という二大真理を頭に叩き込んでおくこと。すると、惜陰(時間を惜しむこと)という気持ちが自然と湧いてくるようになるだろう。そうすれば、状況がどうであろうと、いまここで全力投球する以外ないという心構えに自然となってくる。

それから、佐三のように、周りと合わせたり群れたりすることに背を向け、自分の信じる道を行くと決めるのだ。そうすると、あちこちで摩擦や衝突が起こり、これまでのように楽には生きられなくなってくる。

そういう日々はたしかにつらい。だが、このつらさに耐えることで、自分の中に恒心が確実に育っていく。いってみれば昔からある精神修養の類いは、みなこれと同じ原理なのである。

恒心といえば、佐三と並んで頭に浮かぶのが松下幸之助だ。松下は不況でモノが売れなくなっても嘆くどころか、逆にこういうときこそ売るための知恵が出て、工夫が生まれ会社が発展すると喜び、「好況よし、不況なおよし」といったというから恐れ入る。

この松下幸之助のように、苦境に立たされても動じず、むしろそれを好機ととらえられるようになったら、そのときはもう何が起ころうとビクビクすることはない。

恒心を獲得し、それに磨きをかければ、最終的にこういう発想ができるようにまでなれるのである。