『海賊とよばれた男』の主人公として、再び脚光を浴びた出光興産の創業者、出光佐三。東西古典に精通した碩学の経営者・北尾吉孝氏は、その言葉をどう読み解くか。

1.どん底の中で何を学び解決策を見出せばいいか

常に順風満帆のビジネスなどありえない。仕事に失敗や挫折はつきものだ。そして、そこからどうやって這い上がるかで、ビジネスパーソンの真価は決まるといっても過言ではない。

終戦から2日後の8月17日、社員一同に対し僕は3つのことを伝えた。
一 愚痴を止めよ
二 世界無比の三千年の歴史を見直せ
三 そして今から建設にかかれ

落ち込んだときは、出光佐三が先の敗戦の2日後に、社員を前にして言ったこの言葉を思い出してほしい。とくに注目したいのは「世界無比の三千年の歴史を見直せ」というところだ。

戦争に負けて国土が焼け野原になるというのは、当時の誰にとっても、これまで経験したことのない衝撃的な出来事であり、これ以上ない挫折体験だといってもいいだろう。

だが、佐三はこう考えた。歴史を振り返ってみれば、これまで日本人は、この敗戦に匹敵するような挫折に何度も見舞われてきている。そして、その都度、不断の努力で乗り越えてきたのではなかったか。そう、それができるのが日本民族なのだ。

ならば、やることはひとつしかない。愚痴など口にせず、今日から復興のために力を尽くすのだ。

仕事が行き詰まってどうにも結果が出ない。よかれと思ってやったことが裏目に出て、上司から叱責を受ける。そういうときはたいてい、いま目の前で起こっていることで頭がいっぱいになっているはずだ。しかし、それではなかなか解決策は見つからない。

そこで、ここは佐三のように、現在自分が置かれている状況を、歴史という大きな視野の中で考えてみるのである。そうすると、まず窮地に追い込まれているのは自分だけではなく、過去に何人ものビジネスパーソンたちが自分と同じ、いや、それどころかもっと悲惨な目に遭ってきているという事実に、嫌でも気づくだろう。

もちろん、その中には自信を失ったまま立ち直ることができず、つぶれていった人もいたに違いない。けれども、逆境を乗り越え、それを糧に一回りも二回りも大きく成長した人のほうが圧倒的に多いはずなのである。そうでなければいまの日本社会の繁栄はないからだ。

そう考えると勇気が湧いてくる。さらに、先人たちはどうやって試練を乗り越えたのかというところに思いが至れば、自ずとやるべきことが見えてくるのはいうまでもない。

また、歴史という視点があると、上司にどう思われるとか、ささいなミスとか、そういうビジネスの本質には関係ない枝葉末節に心を奪われ、思い悩むこともなくなる。

決して近視眼的にならず、常に壮大な歴史の中に現在の自分を置いて考えるということができたのが佐三だが、『プルターク英雄伝』や『三国志』などを読むと、英雄や偉人と呼ばれているような人物はみな、佐三と同じように、歴史という時間軸の中でものごとを大きく考えているのがよくわかる。

ただし、悠久の歴史にばかり思いを馳せて、日常の業務が疎かになったら、それは本末転倒だ。「小を積みて大と為す」という言葉もあるように、日ごろの小さなことが集まって、歴史という大河ができあがるのである。

あくまで目の前の仕事には全力で向き合う。それでどうもうまくいかないとなったらそのときは、一歩引いて歴史の中に自分を置いてみるのが正解だ。