大企業の最前線で活躍するエース社員たちの心を支え、成功に導いた本がある──。彼らのサクセスストーリーとそのバイブルを紹介しよう。
阪急電鉄 山下正人氏

JR大阪駅の連絡橋口から吐き出された人の波が、文字通り吸い込まれるようにある建物の中に流れ込んでいく。

グランフロント大阪(以下GF大阪)――。JR大阪駅北側の旧貨物ヤードに建てられた一群の建物は、南北二館の商業タワーを中軸に、産官学の技術交流拠点・ナレッジキャピタル、ホテル、そしてマンションを配した一大複合施設だ。

三菱地所など12社が建設を推進。4月26日の開業から1カ月で761万人という驚異的な集客力はいまだ衰えない。

GF大阪の魅力の第1は、何といってもショップとレストランの顔ぶれにある。大阪初出店のみならず、関西初、日本初の店が目白押しだ。しかも随所にカフェやテラスが配置されており、地下街が中心だった梅田にはかつてなかった開放的な空間を生み出している。

この商業エリアの開発を担当、現在はGF大阪の副支配人の要職にあるのが、阪急阪神ビルマネジメントの山下正人(46歳)だ。

「もともと技術系として阪急電鉄に入社。途中からビルの仕事に移り、外部オーナーさんの資産価値の最大化といった仕事も手掛けるようになりました」

そこで東京・神田淡路町の再開発プロジェクトに関わることになった山下。ところが、バリバリの大阪人ゆえに、神田がいかなる町かがとんとわからない。そんなとき、当時の上司から一冊の本を手渡された。池波正太郎の『剣客商売』だ。

「それ以来、池波さんの世界にどっぷりはまってしまいました」

そして、今も「心が折れそうになったとき」に山下が必ず手に取る本が、同じ池波の『鬼平犯科帳』だという。

いうまでもなく鬼平こと長谷川平蔵は、江戸の火付盗賊改方。作者の池波は、江戸の粋をそのまま体現した人物だ。山下は、池波の筆を通じて神田の古層にある江戸の下町文化に触れ、地権者たちのこの町に対する思い入れの深さを知り、再開発は古き良き神田の伝統を残す形で行われるべき、という信念を持つに至る。