なぜドケチの吉本興業が高級店で接待をするのか

山あり谷ありの半生記『情と笑いの仕事論』を出版した、吉野伊佐男・吉本興業会長

吉本興業の現会長・吉野伊佐男氏の現役時代、今よりもう少し事業規模が小さかった頃は、かなり個人の裁量に任せて仕事を進めていたという。「ホウ・レン・ソウ」はかえって社員一人ひとりの責任回避にもつながりかねないとして、あまり行われなかったというから驚きだ。接待も、個人に判断が任されていたもののひとつ。

「どこの誰とこの案件で接待をしたいのですが……という、いわゆる“接待伺い”が当時の吉本にはなかったんです。部下からも接待が済んでから『やりました』と上がってくるもんだから、なかには『“接待疑い”だ!』と言いたくなるようなものもありました(笑)。でも、せっかく接待するのなら、いつでも行ける居酒屋では絶対にダメ。一生の思い出に残るような高級な料亭で確実に落とさないと」と語る吉野氏。

「絶対にいける」と確信が持てた接待にはどんどんお金を使うべきだ、という考えから、ときには会社の予算の枠を超えるような金額の料亭で接待を行っていたという。そういった多少の無茶ができたのも、吉本興業の「個人に任せる」社風あってこそ。

「口説き落としたいスポンサーさんがいれば、ミナミの料亭や北新地のクラブ、とにかく一流どころに連れていきました。でも、誰にでも接待すればいいというわけではなくて、ビジネス確率は見極めます。そういう意味では、ムダな投資はしないんです。そして、その人がどのくらいの権限を持っているのかも、酒を飲みながら冷静に推量します。もともと僕は酒が強いということもありますが、そのあたりの嗅覚は現場で接待を重ねるうちに研ぎ澄まされたような気がします」(吉野氏)

とはいえ、ゴリゴリの接待だけですべてが決まるわけではない。「ビジネス確率を見極めよ」と言う吉野氏自身も、半ば飲み仲間のような仕事相手は少なくなかったと内情を明かす。

「矛盾するようですが、ビジネスだけではない、情を酌み交わすような酒の場も、営業の世界では必要なんです。そういう信頼関係から、後々大きなビジネスにつながることもあるからです。最近では時代の流れなのか、吉本が大きくなったからなのか、すぐに結果が出ないと『失敗』と判断するようなところがあって残念ですね。もう少し長い目で見ないと」(吉野氏)