聴覚障がい者のコミュニケーション・インフラを作ろうと、大学在学中にシュアールを起業した大木洵人(じゅんと)は、行政に頼らない民間の力を活用した世界初の手話ビジネスを立ち上げた。手話の面白さに魅せられた若き経営者の軌跡を追う。

東京オリンピックで必要な手話通訳

2020年に開催予定の東京オリンピックおよびパラリンピックに向けて、競技場などハードの建設には余念がないが、実は忘れてはならないのはコミュニケーション・インフラの整備である。

大木洵人・シュアール社長。慶應義塾大学環境情報学部卒。

世界には認識されているだけで126種の手話があり、同じ英語圏のアメリカとイギリスさえも異なる。世界で手話を使っている人たちは7000万人いるといわれ、世界中から聴覚障がい者が日本に集まってきた時、お互いに手話で会話することは難しい。

日本国内でさえ、地方ごとに手話の方言があり、関東の中だけでも異なる。手話を勉強した通訳者も、数種の方言には対応できるかもしれないが、全国、ましてや世界中の手話をマスターすることは不可能である。

現状で、こうした事態に対応できる唯一の組織がシュアールだろう。社長の大木洵人(27歳)は、すでにその日を見越して準備を始めている。

「当社が提供している遠隔手話通訳『モバイルサイン』のグローバル版を作りたいと思っています。世界中の手話通訳者とアライアンスを組んで、必要に応じて海外とつないで、通訳するのです」と大木は語る。

モバイルサインとは、ネットのビデオチャット機能を使った手話の通訳サービスだ。聴覚障がいを持った利用者がタブレット型パソコンやスマートフォンなどを使って、シュアールのコールセンターを呼び出すと、手話通訳士の資格を持ったスタッフが画面に現れて、手話と音声で通訳する。

これまで、川崎市内の区役所や大阪市内の区役所などの行政施設、JR東日本の山手線主要駅などに15台、さらにJR東京総合病院、ホテルなど全部で200台ほど導入されている。

例えば、JR東日本では駅のカウンターにiPadを設置、聴覚障がいを持った乗客が訪れると、シュアールのコールセンターにつなぐ。乗客が画面に向かって何か質問すると、その内容を通訳士のスタッフが駅職員に口頭で説明。その回答を再びスタッフが手話で乗客に説明する仕組みだ。