なぜか「嫌われる酒」

「盆提灯を箱から出したときのような」
「真夏の磯の、むせかえる腐臭」

Laphroaig(ラフロイグ)の感想である。およそ私が酒席を共にしたなかで、これはいい、とか、これに限る、などと賛辞を耳にした例(ためし)はない。これほど煙たがられる酒も珍しいのではないか。

私は岩川隆さんに教わった。20年以上前になるが、岩川さんが週刊誌の取材で英国の蒸留所巡りをされたことがあった。(余談だが、これに同行した編集者は私と同い年で、痛風もちとあって、いまも会うたびにまず病状報告となる)

この紀行をされるまで、岩川さんはウィスキーだと「シーバスリーガル」にぞっこんで、私がいくらシングルモルトを勧めても、ふうん、とスルーされていたのが、一転、モルトファンに変身されたのであった。その頃、私はモルトにハマっていて、懐がわずかでも温まれば銀座ミツミへ直行、ネゴシアン・モルトを求めていた。それを冷ややかに観察されていた岩川さんであったが、帰国直後、

「これ、知ってる?」

出されたお土産が、ラフロイグであった。

「むっ」

グラスを運んだときから漂う独特のスモークフレーバーはこれまで嗅いだことのないもので、口にすればそれは一気に脳髄まで力強く支配し、しばし濃霧のなかを彷徨(さまよ)うが、激しいキック(※ウィスキーなどのピリリとした味、利き。『リーダーズ英和辞典』)で現実に引き戻される。

「こんな素晴らしいものがあったとは!」

絶賛したのは私だけで、同席した人々はみな敬遠、辟易し、岩川さんも、ボトル1本、

「気に入ったなら、あげるよ」

だれも文句を言わなかった。