困難に挑んできた経営者たちが見出した「束ねるための秘伝」を紹介する。認識・関係・環境・人格の4つのアプローチに分けて、 それぞれの方法を検討してみよう。
樋口武男●1938年生まれ。関西学院大学卒後、大和ハウス工業入社。93年グループ会社の大和団地社長。2001年に大和ハウスと合併して社長に。04年会長兼CEO。

私は36歳で山口支店の支店長を命じられた。任された支店を日本一にするべく、「今日から山口支店株式会社の社長として陣頭指揮を執る」と宣言して営業の先頭に立った。やる気の見えない部下を叱り飛ばし、時には手を上げたこともある。

誰よりも働いてきた自負があったし、仕事に打ち込む後ろ姿を見せれば部下は自然についてくると思っていた。ところが私が張り切るほど社員は萎縮して誰もついてこない。

就任半年で思い悩んでいた頃、石橋社長が現場視察にやってきた。視察を終えた夜、宿屋で風呂に誘われた私は、湯船につかった社長の背中越しに思わず弱音を吐いた。笛吹けど踊らず、支店長がこんなに孤独とは思わなかった、と。すると黙って聞いていた社長は一言。

「樋口クンな、長たるものは決断が一番大事やで」

私の悩みに直接答えてくれたわけではないが、その一言にハッとした。信念を持って進めと背中を押されたような気がしたのだ。

人を動かすのは、結局、率先垂範とコミュニケーションである。

その日から私は社員の一人一人と朝に晩にマンツーマンで徹底的に対話するようになった。胸襟を開いて自分の思いや考えを伝え、時に自分の弱い部分も晒す。

相手の話にもじっくり耳を傾けて、互いの本音で語れるように心掛けた。コミュニケーションが濃密になり、一体感が格段に増した山口支店は1年後に社員一人当たりの売上高、利益率で全国トップになった。

(2010年8月30日号 当時・会長 構成=小川 剛)