父は2週間風呂に入っていなかった

「いよいよ父(89)の在宅介護が本格的に始まるんだな」

介護用の電動ベッドをはじめ、車椅子、玄関先の段差対策のスロープ(以上、レンタルで一式月2000円)。そして、レンタルできず2000円で購入した介護用ポータブルトイレ(介護保険適用)が我が家に届いたとき、私はなんとなく身の引き締まる思いがした。

介護の「司令塔」役であるケアマネージャーとは、ホームヘルパーなどの人員的な介護サービスを頼むのは「少し様子を見てから」ということになりました。

聞けば、介護サービスはその事業者にケアマネージャーが連絡し、サービス担当者の空きを確認したうえで毎週何曜日の何時から入るという契約を交わしてから来てもらうことになるとのこと。

ウチは在宅介護が始まったばかりで、いつ何をしてもらえばいいか見当もつかない状態です。加えて、要介護度に応じて介護保険適用で受けられるサービスの上限もある。介護初心者ではあるにせよ私の手があるわけですから、当面は自力で介護をして、どうしても必要と判断したサービスからお願いすることになったわけです。

それから3日間ほど慣れないながらも自力で介護をしたことで、最初に「頼もう」と思った介護サービス。それが、訪問入浴でした。

父は寝たきりになる直前の入院時から2週間近く風呂に入っていません。体の方は毎日湯で温めたタオルで私が拭いていましたが、それではサッパリしないはずです。

また、突然体の自由が利かなくなった父は精神的にも落ち込んでいました。そんな父が気の毒でならず、なんとかできないかと思っていました。そこで、

「風呂に入ればスッキリするだけでなく体も温まり、外部の人と接触することで気分転換もできるのではないか」

そう考え、ケアマネージャーに電話をして訪問入浴の手配をお願いしたのです。

ケアマネージャーからはすぐに折り返しの電話があり、「心当たりの事業所に連絡したところ、明日の午前中のスケジュールが空いているそうです」と言われたので、来てもらうことにしました。

ところが、それを父に報告すると唇を噛んだまま返事をしません。どうも気が進まないようです。気持ちはなんとなく分かりました。ほんの2週間前まで、自力でごく普通に入浴していたわけです。そんなことさえできなくなった今の自分の情けなさが改めて心に押し寄せたはずですし、介護の専門家とはいえ赤の他人に裸にされ風呂に入れてもらうということに抵抗があったのだと思います。

とはいえ、専門家の手を借りなければ、もう2度と風呂に入れないかもしれない。思い切って一歩前へ踏み出そうよ。そんな気持ちを込めてかたい表情の父に笑顔で語りかけました。

「風呂は久しぶりだもんな。サッパリして気持ちいいぜ。温まれば体もきっと良くなるよ」

私は、そう言いながら翌日の訪問入浴に備えてベッドの脇を片づけ始めました。準備を整えることで、これからはこうした介護サービスを受け入れるしかない、と思ってもらいたかったのです。