がむしゃらに働いているのに小遣いはごくわずか。妻と子どもはそっぽを向き、老親の介護も。こんなに苦しいのに誰もわかってくれない――。ベストセラー『考えない練習』で読者から圧倒的な支持を得た名僧が、あなたの日頃の迷いに対して、考え方の筋道をわかりやすく説く。

子どもが言うことを聞いてくれなかったり、反抗期だったりと、「子育てが大変」なのは「子育てが思い通りにいかない」ということでしょう。その「思い通り」とは、「相手を自分の思い通りにしたい」ということ。ここには「支配欲」の問題がからんでいます。

たとえば、子どもに「部屋を散らかさないで」と言ったといたしましょう。親は「自分が命じたのだから、そのようにしてほしい」と思っていますが、子どものほうは、なぜ散らかしてはいけないのかがよくわからないまま、また散らかしてしまいます。そうすると、親は「自分の命令を聞かなかった」ということで、自分の無力さを突きつけられたような気分になり、イライラすることに。

「勉強しなさい」「兄弟げんかをしちゃいけません」「ぐずぐずしないで」等々、すべて同様に、子どもが言う通りにしてくれないと、親は自分の力を実感できずに、ストレスをためてしまうのです。

子育てにおいて親は、子どもを叱ったり、口うるさく言ったりするのは「子どものため」だと思っています。しかし、それは「偽善」であり、自分でも気づかないうちに「思い通りに育てたい」という支配欲にとらわれているのです。つまり「子どものため」ではなく、「自分のため、自分の力を実感するため」に、叱ったり、ガミガミ言ったりの命令を下していることが大半だと思われます。

もちろん、親は子どもを教育せねばならず、社会的な規範を身につけさせるためには、最低限の命令は必要になってくるでしょう。けれども支配欲のために、命令が過剰になりやすいといえます。

一方、子どものほうは敏感で、親の偽善を見抜き、「思い通りにさせられる」ことに反発を覚えるために、なかなか親の言うことを聞こうとしません。

子どもとの関係をよくするには、偽善の仮面の内側にある真の気持ち=「自分のため」を自覚すること。そうすれば、「こうしてほしい」「こうなってほしい」といった、子どもへの過剰な「期待」が薄れます。そして子どもには、「部屋が散らかっていると私が落ち着かないから、片づけてほしい」などと言うようにしたほうが、より伝わりやすいでしょう。

月読寺住職・正現寺住職 小池龍之介
1978年生まれ。東京大学教養学部卒。正現寺(山口県)と月読寺(神奈川県)を往復しながら、自身の修行と一般向けに瞑想指導を続けている。『考えない練習』『ブッダにならう苦しまない練習』『もう、怒らない』など著書多数。
(構成=岩原和子 撮影=若杉憲司)
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