昔観たイギリス映画で、こんな場面があった。

ある豪華客船に、2人の客が乗っている。1人は、伝説の歌手。もう1人は、若手の、プライドばかり高い、あまり売れていない歌手。

若手の歌手は、何とか伝説の先輩歌手に取り入ろうとするが、なかなか相手にされない。そのうち、若手歌手は、船に乗り合わせていた自分のファンの男性と小さなトラブルを起こしてしまう。

その様子を見ていた、先輩歌手が一言。「君はスターではないね」。スターというものは、自分のコンディションがどうであれ、ファンに対してベストを尽くさなければならない。そのように、後輩に諭す。

11年ぶりに来日したポール・マッカートニー。初来日のときと同じ半被姿に、詰めかけたファンが熱狂した。(写真=AFLO)

昨年11月に行われた、東京ドームでのポール・マッカートニーの来日公演。ポールの姿に、ほんもののスターの鑑を見たような思いがあった。

会場を埋めた、5万人の大観衆。私も、そのうちの1人。事前に、今回のツアーでは、ビートルズの曲を惜しげもなく歌い、また、新しいアルバムからの曲も紹介するといった情報があったので、期待感はいやがうえにも高まった。

「エイトデイズアウィーク」「イエスタデイ」「レットイットビー」「ヘイジュード」「ザロングアンドワインディングロード」。ポールが、そしてビートルズが生み出してきた数々の名曲がその本人によって歌われると、東京ドームの中は、異様な感動の波に包まれた。

時は流れ、ポールは、71歳だという。しかし、その年齢を感じさせないすばらしい歌唱。すべての楽曲のキーが、原曲のまま。あれだけの高音が、あれだけの声量で、よく出るなと感心しているうちに、時間があっという間に経っていった。