稲盛和夫●1932年、鹿児島県生まれ。鹿児島大学工学部卒業。59年京都セラミツク(現・京セラ)を創業。第二電電(現・KDDI)創業を経て日本航空会長・名誉会長に。

ビジネスを成し遂げようとするとき、何が必要になるのでしょうか。答えは「大義」です。私は、このことを体験をもって学びました。第二電電(現・KDDI)を立ち上げ、通信業界へ新規に参入をしようというときのことです。NTTが事業を独占していた1980年代前半まで、電話料金は欧米に比べて圧倒的に高い状態が続いていました。しかし、独占事業であったため、料金が高くても、利用者にはほかの手段はありません。

通信の自由化にあたり、私が掲げた「大義」は、安価な電話料金を実現することでした。84年の設立にいたるまでの半年間、私は自問自答を繰り返したことを覚えています。「稲盛和夫よ、今、お前がやろうとしていることは、本当に国民のためを思ってのことなのか? 名を残したいという私心からではないか。動機善なりや、私心なかりしか」と。そうして、一片の私心もないことを確認し、第二電電を創業しました。

経営者は、その会社をどうしていくのか、10年先、20年先までを視野に入れた明確なビジョンを示さなければなりません。どんなに優秀な人物を集めることができたとしても、みなが一つの方針に向かってベクトルを揃えることができなければ、成功は収められないのです。

各部門のリーダーも同様です。みずからがリーダーとなって、新しいプロジェクトを始めることもあるでしょう。まず最初にすべきことは、部下やチームメンバーが、「課長のいうとおりだ。私たちも協力していこう」と思ってくれるように「大義」を語り全員のベクトルを揃えることです。

(08年6月16日号 当時・名誉会長 構成=岡村繁雄)

楠木 建教授が分析・解説

稲盛氏が言う「大義」は、具体的な目標とは対極にある抽象度の高い言葉であり、やり抜く力の原動力になる。自分のためにやるのではなく、誰かのためにやる。私心は一切ない。しかも自分一人でそう思っているのではなく、普遍的に誰もが「そうあるべき」と思っているから、皆も納得する。そういう大義を組織に浸透させ、一つの方向に向かせることが、やり抜く力を生む。

一橋大学大学院国際企業戦略研究科(ICS)教授 楠木 建
1964年、東京都生まれ。92年一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。2010年より現職。著書に『ストーリーとしての競争戦略』『戦略読書日記』。
(総括、分析・解説=楠木 建 構成=小川 剛 撮影=奥村 森)
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