バッタ博士・前野ウルド浩太郎。生粋の秋田県人。もう一人のウルド——上司であるババ所長から、このミドルネームを授けられたとき、バッタ博士は家族となり、仲間となった。そして新しきウルドは気づく。今、この名を持つ自分、アフリカの地にいる日本人バッタ研究者にしかできない、大きな役割があるということに。

ウルドという名が持つ意味

2012年11月、日本で開催された国際シンポジウム(JIRCAS:国際農林水産業研究センター主催)にて発表するババ所長。(写真提供:モーリタニア国立サバクトビバッタ研究所)

サバクトビバッタと闘うババ所長の姿に男を覚え、共に闘っていきたい思いに駆られた私は、宣言した。

前野「ババ所長、私はサバクトビバッタ研究に己の人生を捧げ、アフリカを救います」
所長「よく言った。お前はモーリタニアン・サムライだ。お前はコータロー・ウルド・マエノだ」
前野「え? ありがとうございます」

熱い思いをぶつけたら、ウルドを名前に入れてくれた。モーリタニア流の褒め言葉なのだろうか。「ウルド(Ould)」とはモーリタニアで最高の敬意を込めたミドルネームで「~の子孫」。この日以降、ババ所長は私をウルド入りで呼ぶようになった。自分で自分をウルドと呼んで良いものなのだろうか。そもそも研究者が改名したという話は聞いたことがなく、どうしたものかと軽く悩んだ。

しかしこの先、困難に遭遇してバッタ研究を続けていくかどうか心が揺らぐことがあるかもしれない。そんなときは、バッタ研究に人生を賭けるという今抱いている決意が支えてくれるはずだ。そこで、いつでも、どこででも肌身離さず持ち歩くことができる名前に決意を込めることにし、改名することにした(ウルドという響きが仮面ライダーっぽくてカッコいいことが決め手だった)。

ローマのFAO(国連食糧農業機関)本部で開催されたサバクトビバッタ国際会議で諸国の長に挨拶するとき、ババ所長が嬉しそうに「彼は日本から来たコータロー・ウルド・マエノです。サムライです」とウルドを強調して紹介してくれた。日本人がアフリカの名前を名乗っているのを知るとアフリカから来た代表者たちは驚き、嬉しそうに仲間として迎えてくれるようになった。ババ所長は、アフリカの中でモーリタニアだけに日本からバッタ研究者がきて共に戦っていることを誇りに思ってくれている。

モーリタニアに渡って一番最初のフィールド調査で、サバクトビバッタがトゲの生えた植物に群がるという習性を発見し、研究者としての名前を「コータロー・ウルド・マエノ」に改名し(戸籍上の名前は、前野浩太郎のまま)、所長たちと連名で論文を発表した(Maeno, Ould, Koutaro, Piou, C., Ould Ely, S, Mohamed, O.S., Jaavar, E.H.M, Babah, O.A.M., Nakamura, S. (2012) Field observations of the sheltering behavior of the solitarious phase of the desert locust, Schistocerca gregaria, with particular reference to antipredator strategies. Japan Agricultural Research Quarterly 46, 339-345.)。モーリタニアにやってくる外国人研究者は、自分たちの仮説を検証するために来ており、共同研究というよりは単独プレー。研究所の研究者たちと連名で論文発表することはなかった。「利用」されることに不満を抱いていたバッタ研究所の研究者たちと初めての共同作業をし、連名で論文発表したことで、私は「仲間」として認めてもらえた。

毎月、バッタ関連の最新の論文情報がフランス人研究者から所長にメールで送られてくる。所長はそのリストを見つめ浮かない顔をしていた。私は理由を尋ねた。