母親の異変

筑紫さんは結婚後、家事育児が忙しかった頃は週に一度くらい母親に電話していたが、子どもたちが大きくなってからは、高齢になった母親が心配なこともあり、毎日のように電話していた。

それから30年近く経った2023年春のある日、86歳になった母親と電話で会話していると、「ドライヤー」という言葉が出てこず、「髪をブーンするやつ」と表現し、筑紫さんは違和感を持つ。

写真=iStock.com/millionsjoker
※写真はイメージです

母親と同居する姉(50代)にそのことを話すと、「いつものことよ」とそっけなく言われた。その後も電話のたびに母親の言葉が聞き取りにくくなることがあり、気になっていた。

2023年夏。関東の大学に通う姉の22歳の長男が帰省するため、代理店から医療事務のパートへと職替えしていた姉の代わりに母親が1人で布団などの準備をしていた。押し入れから布団を出す・干す・取り込むといった作業がしんどかったのか、翌朝、右のお尻あたりが痛くなり、突然ベッドから起き上がれなくなった。

姉夫婦が母親を連れて整形外科・脳神経外科を受診すると、母親はレントゲン・エコー・脳MRIを撮ったがどこでも異常はないと言われ、鎮痛剤などを処方されただけで帰される。幸い、母親は日が経つごとに痛みがなくなり、歩けるようになった。

2023年11月初旬。すぐに言葉が出てこないことや、日課であった日記を書く際に思ったように書けなくなったことに母親は不安を感じ、姉や筑紫さんに相談なく、一人でかかりつけ医を受診。そこで脳神経内科の受診を勧められ、その足で受診したようだ。

脳神経内科でMRIを撮ったあと、脳神経外科を受診するようにと紹介状をもらっている。

「その時、どういう病気の疑いがあるのか、当然医師から説明を受けたと思いますが、気が動転していたのか、母には理解できなかったようです。この日の夕方に母から私に電話があり、一人で病院に行っていたことを知らされました」

11月15日。姉夫婦が関東へ2泊3日の旅行に行くため、その間に筑紫さんと夫が付き添い、脳神経外科を受診し、再びMRIを撮る。

「首の後ろの静脈の先がはっきり映っていないが、86歳という年齢を考えるとカテーテル手術をするほどでもないでしょう。その他に異常はなく、認知症の疑いも、言葉が出なくなる要因もありません。3カ月後にまたMRIを撮りましょう」

と医師に言われた。

「では言葉が出にくいのは単なる老化でしょうか?」と筑紫さんが訊ねると、医師は「そうですね」と答えた。

筑紫さんは、2月14日に予約を入れて診察室を後にした。すると母親は、「今度(2月14日)もお前たちが連れて来てくれないか?」と手を合わせて筑紫さん夫婦に頼む。筑紫さんは、「もちろん付き添うつもりだよ」と微笑んだ。

「思えば、この頃から急に弱ってきたように思います。モノの名前が出てこなかったり、数字を正しく読めなかったりしたので、私も母自身も、絶対に何かおかしいと思っていました。旅行から帰った姉に、『物忘れ外来を受診したほうがいい』と伝えましたが、姉はあからさまに嫌そうな顔をして、連れて行ってくれませんでした……」