久保田先生らはランニングマシーンの上で時速3キロ(歩き)、5キロ(早歩き)、9キロ(ジョギング)、それぞれの速度で1週間毎日運動した人の脳を調べる実験を行い、図1のような結果を得た。
「3キロでは運動野が働き、5キロになると運動野と運動前野が働く。これらはそもそも運動を司る部位なので当たり前といえます。ところが、9キロで走ると前頭前野、なかでも46野が働くようになるのです。ワーキングメモリーにあたる領域です。つまり、この実験結果から、脳をより効果的に鍛えるためには、歩くより走ったほうがよいということもわかってきたのです」
つい最近まで脳は成長期を過ぎると衰えるだけと思われていたのに、ランニングすることでニューロンとシナプスが増強され、前頭前野が活性化し、思考力も決断力も増す――つまり、頭がよくなることが証明されたのだ。
こうした脳と運動に関する研究が急激に進んだのは、PET、fMRI、fNIRSといった装置が登場し、人間の脳の中の動き(血流量)をビジュアルイメージで見られるようになったからだ。本格化してまだ10年ほどの分野ながら、ここまで紹介した以外にも、記憶に重要な役割を果たす海馬への好影響や、リハビリへの応用など、次々と驚くべき知見が報告されている。
その一方、わからないこともまだまだ多い。たとえば、「どういった運動をどれくらいの強度、頻度で行うと、どのような効果の差が出るのか」といったことについては測定が難しく、まだ確実な研究はないという。
「でも、少なくとも間違いなくいえるのは、ランニングが身体と同時に脳も鍛えてくれるということです。脳に総合的な刺激を与えるという意味では、『脳トレ』ゲームなどよりも、運動のほうが確実にいいと思います」
最高の「脳トレ」は走ることなのだ。