戦後、子どもの責任が妻ひとりだけのものとなった

第一に、戦後のジェンダーロールがもたらす養育費未払いだ。家族人口学を研究する加藤彰彦・明治大学政治経済学部教授は、戦前の日本人はほとんどが農業や商店など自営業を営み、子どもを産むとすぐに妻は働いていたと解説する。子どもは家族やコミュニティによって育てられていた。戦後、朝鮮戦争の特需により日本が経済成長するにつれて、夫は会社で働き妻は子育てをするという家族の形態に変わった。そうして、子どもは妻だけの責任になったと加藤教授は考察する。

実際に日本では離婚後、親権の9割を母親がもつ。そして、別居親の父親のうちたったの28%しか養育費を払わない。これについてマカヴォイ監督は次のように語る。

「これは日本人の男性がひどいというよりも、養育費未払いを厳しく罰しない法的制度のせい。親としての責任をとらない男はどこの国にもいます」

監督によると、他の国では養育費を支払わないと銀行口座・運転免許証・パスポートの凍結や、刑務所収監などの懲罰があるという。

筆者が調べたところ、アメリカでは40%以上(アメリカ合衆国国勢調査局調べ)、ハンガリーでは75%の別居親が養育費をきちんと払う。一般的に欧米の多くの国は養育費回収に対して行政が迅速に介入するから、日本よりもはるかに多くの親が支払う。また、ヨーロッパの多くの国が養育費の回収をできない場合は立て替えもする。

日本でも法的には、養育費を払わない親に養育費を請求し、資産や給料を差し押さえることができる。しかし、監督が取材したシングルマザーは養育費強制執行まで2年ほどかかり、弁護士費用に約100万円かかったそうだ。日々の家計を自転車操業しているようなシングルマザーには強制執行までの費用はハードルが高すぎる。

世帯収入を基本とする社会福祉制度と行政の水際対策

第二に、「世帯年収」に基づく社会福祉制度だ。シングルマザーが実家に戻り、両親と暮らすと両親の年収も加算されて「世帯年収」が決まる。すると、所得制限にひっかかり、児童扶養手当をもらえない。こういった社会福祉制度は戦後の会社員の夫と専業主婦の家族モデルに基づいている。女性の8割が働く現代にまったくそぐわない。

第三に行政の水際対策が考えられる。

「シングルマザーのなかにはスマホしか持っていない人も多いので社会福祉を調べるのも大変。それなのに行政の窓口は手続きを意図的に煩雑にしています」と憤るマカヴォイ監督。複雑な書類手続きや行政の窓口の不親切な対応が生活保護や様々な手当の受給を「恥」として見せ、スティグマ(差別・偏見)を助長する。

映画内で、2014年9月に千葉県銚子市で起こった悲惨な無理心中事件が紹介される。中学2年の娘がいるシングルマザーは2年にわたって県営住宅の家賃を滞納したため、明け渡しの強制執行が行われた。そして明け渡しの日に母親が娘との無理心中を計ったのだ。

県営の住宅の家賃は月1万2800円だったが、母親の収入レベルだと家賃の8割が減免になった可能性がある。そうすれば家賃は2500円ほどになっていた。行政は母親にその減免制度を教えなかったのだ。娘を殺して自分は死にきれなかった母親は懲役7年の刑を受けたが、行政の水際対策が母親をこのような犯罪に追いやったといっても過言ではない。

本作のプロデューサーである及川あゆ里さんは、本作が「日本より海外で話題に上った」ことにこそ問題の本質があるとマカヴォイ監督に語ったという。

「日本人の私たちには見えなかった事実がこのドキュメンタリーには描かれています。作品発表をした後に一番衝撃的だったことは、海外での関心度はとても高く支援やお声も多く頂けたのですが、国内の関心度が低かった事でした。見て見ぬふり・しかたないと諦める文化が変わることを願います」

日本社会の中に潜む構造的な問題を鮮明にしたドキュメンタリー『取り残された人々:日本におけるシングルマザーの苦境』から、私たち一人ひとりが何をできるのか考えたい。

筆者提供
映画『取り残された人々:日本におけるシングルマザーの苦境』のポスター

【作品情報】
ドキュメンタリー映画『取り残された人々:日本におけるシングルマザーの苦境』
映画公式サイト

公開は新宿K’sシネマにて一週間限定公開(11月9~11月15日)
映画館公式サイト

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