自己啓発としての日常
伊達さんの著作が示唆的というもう一点の理由は、女性向け「年齢本」の論法が最も端的に表われた著作だと考えるためです。つまり、伊達さんの場合は食についてですが、このような日常的な経験が、実は人生全体に通じるものなのだとする論法が、「年齢本」ではあらゆるトピックにおいてとられているのです。
たとえば伊達さん以外の「年齢本」で挙げられているトピックを総覧してみましょう。既にみた恋愛、ファッション、メイクはもちろんのこと、ショッピング、旅、映画、小説、勉強、英語、仕事、友人(同性異性双方)、メンタルクリニック、そうじ、テニス、ピラティス、ベリーダンス、ヨガ、ガーデニング、料理、お茶の選び方、キッチン用品、文房具、日記、ノート、食、アロマテラピー、ヒプノセラピー、アーユルヴェーダ、ホメオパシー……。
他にも見落としがあるかもしれませんが、このようなありとあらゆるトピックが、自分自身の意識改革、生活改善、気分転換、つまり自己啓発の素材としてとりあげられているのです。そしてそれぞれのトピックについて、より細かく解説がなされることになります。
伊達さんの著作に戻って例示してみると、たとえば「自分を好きになり、恋愛力を上げるための“お守り食”」として、「ホットココア・ チョコレート」「マテ茶」「焼き肉」「納豆」「くるみ」「えごま油・しそ油・亜麻仁油などオメガ3の油」「寿司」の7つが挙げられ、それぞれの効用が解説されています(106-109p)。
ありとあらゆるトピックにさまざまな解釈が与えられて自己啓発の素材となっていくことを、拙著『自己啓発の時代』では「日常生活の『自己のテクノロジー』化」と表現しましたが、これはそのまま「年齢本」にも当てはまるといえます。女性向け「年齢本」、というよりおそらく女性向け自己啓発書の世界においては、日常生活すべてが自己啓発の実験場なのです。
さて、30代論はこれで終わりなのですが、何か物足りない、何かが論じられていないと思われた方も多いかもしれません。おそらくそれは、結婚やそれ以後の家庭生活への言及がないということについてではないでしょうか。
私自身、もう少し結婚以後の話が出てくるかと思ったのですが、6冊のうち、家庭生活についてのまとまった言及があったのは横森理香さんの『30歳からハッピーに生きるコツ』と、中山庸子さんの『中山庸子の30歳からの生き方手帳』の2冊のみでした。それ以外は結婚以前の話、つまり恋愛を扱うのみに留まるか、数行程度の言及が散発的になされる程度に留まっています。
家庭生活への言及よりも断然に多いのは、これまで述べてきたような「自分らしさ」についての原理論と、日常生活全体を通した自己啓発というその実践論でした。結婚生活はおそらくそうした実践論の一要素に過ぎないのだと思われます。TOPIC-2でも論じたように、「年齢本」において重要なのは、どんな状況で暮らしているのかということではなく、その状況について自分がどう思っているかという「心」の問題、より具体的には「自分らしく」あれるかどうかなのですから。