念願だった執行役員のポストには就けなかった

藤井さんなりに筋の通った発言だった。だが、どこかに落ちない。つかみどころのないもどかしさを、彼が見せた張りついた笑顔からも感じ取ったことが、所々に綴じ糸が切れて黄ばんだ当時の取材ノートに記されていた。

管理職としてのやりがいをことさら強調することで、出世と引き替えに諦めた起業への思いを断ち切ろうとしていたのかもしれない。そして、出会った頃に彼が話した、起業のための「地ならし」としての副業についても、まるで人が変わったように批判的な見方をするようになる。

「副業を容認したら、機密情報が社外に流出するリスクがあるし、労働時間が増えて本業に支障をきたす可能性もあります。それに、有能な人材が退職してほかの企業に転職したり、起業されたりしては困りますからね」

最後の語りに耳を疑った。否定しているのは、かつて彼が目指していたことではないか。

しかしながら、藤井さんが語った管理職に就いて事業計画や経営企画などの意思決定に関わることの面白さは、2016年、55歳で役職定年を迎えた時点で喪失する。役職延長を経て執行役員ポストに就くことを目指していたが、叶わなかったのだ。

起業を目指していたが、投資詐欺に遭ってしまう

役職定年を迎えて2カ月ほど過ぎた頃、インタビューでやるせない思いを明かした。

「花形部署の営業部で部長まで務めたら、誰だってその上を目指します。営業本部長で執行役員を狙っていたんですが、それ以前に役職延長さえしてもらえなかった。社運のかかった重要プロジェクトを成功させた、入社年次が年下の、他の営業部門の部長に奪われてしまった。負け惜しみではないですが……本当にわずかの差で、ポストを競った相手の運が良かったとしか言いようがありませんね」

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この取材時に定年後も視野に入れた、今後の身の処し方を尋ねたのだが、「さあ、どうしましょうかね」と言葉を濁し、それ以上答えてはくれなかった。この時すでに、かつて思い描いていた起業に向けて動き出していたことを知るのは、3年後のことだ。

企業の業績向上のためウェブ上の戦略を練るウェブコンサルティングの会社を立ち上げるべく事業計画を立て、資金繰りに奔走したが難航し、たまたま足を運んだ投資セミナーで投資詐欺に遭ってしまうのだ。弁護士に依頼して被害金額のほとんどは取り戻せたものの、精神的苦痛は大きかった。背景には「出世競争に敗れ、焦りがあった」と、19年のインタビューでつらい胸の内を打ち明けた。