ドラッグ・ラグについてどう考えるか
がんの体験者から、海外に行かないと治療できないという話や、日本では処方できないから、個人的に海外から抗がん剤を直接輸入したという体験談をたくさん聞きます。
またシンポジウムなどに登壇すると参加者から「あの新薬は日本ではいつ承認されるのですか」という質問が決まって出ます。実際、日本の薬事行政は他国に比べて慎重なのでしょうか。
【下山】日本では1980年代に薬害エイズ問題などがあり、規制が厳しくなった。そうした規制強化のため、ドラッグ・ラグの問題が起こりましたが、この10年ほどで海外とのドラッグ・ラグはずいぶん縮まったと言われています。なかには日本で承認されているものの、アメリカでは未承認という薬もあります。
たとえば、アバスチンは、再発後に2.5カ月は膠芽腫の進行を凍結させる薬として日本では承認されました。しかしアメリカでアバスチンを使用しても、生存期間は標準治療と変わらないという理由で未承認です。いまや日本と先進諸国ではあまり変わりません。
【笠井】下山さんは『がん征服』で、がん治療の歴史を辿り、膠芽腫に対する3つの新しい治療法を追うなかで、結果的に「がん征服の闇」「がん医療の闇」を暴いた。
そこまで踏み込めたのは、フリーランスの下山さんだからだと感じました。テレビ局や新聞社に、医療担当の記者はいますが、彼らも製薬業界や医学界の構造を知っているから、逆に報じられない。もしも報じたら、業界で生きてはいけなくなる恐れがありますから。
【下山】G47Δについて記事を書いたり、番組をつくったりするなら、せめて審査報告書は読んでおくべきなんですよ。読んでおけば、手放しに礼賛するような形にならなかったはずです。業界のために報道機関にいるのではないのですから。
【笠井】そのとおりです。ただぼくもワイドショーの現場が長かったから、報じる側の事情や気持ちはわかります。
ワイドショーでは、ラットの実験で効果的な治療法の可能性が見つかっただけなのに、あたかももうすぐ新薬が開発されるような伝え方をする場合もあります。がんばっている研究者に光をあてたいという思いから、そうした報じ方になってしまうんだけど……。
現在のマスコミは、専門家が表明したプレスリリースなどをもとに報じるというのが、当たり前になってしまっています。東大の権威ある先生が言っているのだから、と疑いもせずに報じるケースは少なくありません。ジャーナリズムというよりも、広報になってしまっている。
【下山】そこが大きな問題なんです。視聴者や一般の患者たちはその情報を信じるしかないわけですから。とくに医療は命にかかわる分野です。自らの判断で責任を持って、取材し、伝えていく。メディア本来の役割を改めて見つめ直す必要があると思うのです。
※本稿は、雑誌『プレジデント』(2024年10月4日号)の一部を再編集したものです。